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メモロス 68P 600円 2011/08/13発行
幼馴染み・After 32P 300円 2019/12/28発行 新刊
※再録集6に含まれます
0084-0087 52P 500円 2011/08/13発行
0087 vol.1 52P 500円 2011/11/03発行
0087 vol.2 52P 500円 2011/12/30発行
0087 vol.3 52P 500円 2012/05/04発行
0087 vol.4 48P 500円 2014/12/28発行
0087 vol.5 32P 300円 2016/08/12発行
0087 vol.6 20P 200円 2017/12/30発行
4つの名前 -0087-(文庫サイズ)
20P 100円 2019/12/29発行
0087 vol.7 32P 300円 2019/08/10発行
再録集1 172P 1500円 2011/08/13発行
再録集2 140P 1000円 2012/12/29発行
再録集3 244P 2000円 2017/12/30発行
再録集4 168P 1500円 2018/08/11発行
再録集5 136P 1000円 2018/12/29発行
再録集6 182P 1800円 2019/12/28発行 新刊
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▶再録集4
《カテゴリ:再録集@既刊詳細》
■収録内容
【戦士たちの休息】全編
Z終了直後〜CCAの時間軸で二人が逢瀬を繰り返すほのぼの話
■サンプル
「やあ、久しぶり。元気そうでなによりだ」
そこにいるはずのない男が、行方不明の筈の男が、あまりに自然に手を挙げたので、思わず答えてしまった。
「そっちも元気そうだね」
と。
「それで――こんな所で何をしているんだ?」
アムロの口から当然の質問が口をついて出たのは、無断侵入の男にコーヒーを入れてやってからだった。
「コーヒーを飲んでいるが?」
お約束のボケに白い目を向けると、相手は軽く肩を竦める。
「……と言うのは冗談で、人の家を訪ねてきたのだから、その家の主に会いに来たに決まっている」
「で、留守だったから勝手に部屋に入ったと?」
悪びれた様子もなく「その通り」と頷くシャアにアムロは呆れて溜息をついた。
シャイアンに監禁されていた頃とは違い、ここは軍から押しつけられた住まいではない。当然ながら部屋に数多く仕掛けられた監視カメラや盗聴器のような物はないが、一応有名人の自覚はあるのでセキュリティはそれなりのマンションを選んでいる――つもりだった。
「こうも簡単に無断侵入を許すようじゃ、もっとセキュリティレベルの高い部屋に引っ越す必要があるな」
「その必要はない。このマンションのセキュリティはなかなか優秀だ」
「そのセキュリティを破って侵入した奴が言っても説得力がないと思うけど?」
自分もコーヒーを口にしながら皮肉ってやったが、その口調に棘はない。アムロが自分を咎めるつもりはないと察したシャアは、小さく笑ってタネを明かした。
それによると、マンションのエントランスに設置されていたナンバーロックは簡単に解除出来たが、先ほどのシャアの台詞通りこのマンションのセキュリティは優秀で、網膜識別装置でロックされた部屋のドアを開ける事は出来なかった。仕方なくシャアは部屋の玄関先でアムロの帰宅を待つつもりだったのだが、一時間ほど待った頃、制服姿の女性が現れて身分などを問い掛けられたらしい。このマンションには各区画にカメラが設置されていて、その映像はマンションの総合管理室で人間によって監視されているのだ。
機械と人間―――この二重の管理体勢にシャアは感心したが、咄嗟にシャアはそれを逆用することを思いついた。
「その警備員に、私は君を訪ねてきた友人なのだが運悪く入れ違いになってしまったらしいと話したら、彼女が玄関のロックを解除してくれたのだ」
確かに緊急事態に備え、総合管理室では各部屋のロックを解除する事が出来る。とは言え―――
「プロの警備員が、そんなに簡単に不審者を信用してロックを解除するとは思えないけど」
疑り深いアムロの視線に、「不審者とは酷いな」とシャアは見当違いのコメントを返したが、アムロの疑問を誤魔化す意図はなかったらしい。少しばかり得意げな笑顔で言葉を続けた。
「私がどうやって『クワトロ・バジーナ』の身分を手に入れたと思う?」
つまり、彼は地球連邦軍の軍人としての身分証明書を手に入れる事が出来る程度には、連邦軍のどこか―――恐らくはかなり上層部にコネクションがあるのだ。
「それにしても、同じ連邦軍所属の軍人証を持っているからって、友人なんて台詞を信用するか? 第一、例え本当に友人だったとしても、家主に無断でロックを解除し、警備員の判断で勝手に相手を部屋の中に入れるとは思えない」
当然のアムロの疑問に、今度は悪戯を見つかった子供のような表情でシャアが笑った。
「ああ、そこはね………現れた警備員が若い女性だったのが幸運と言うしかないな」
「…………それって『色仕掛け』って言わないか?」
「ああ。まあ、そうとも言う」
「そうとしか言わないよ、まったく」
シャアに……というよりもむしろ、プロのくせに色仕掛けに引っ掛かった警備員の方に呆れたが、中世ヨーロッパの貴族を思わせる美しい金髪に青い瞳、表情さえ取り繕えば上品な紳士で通用する整った顔立ちに加え、演説をすれば民衆を扇動出来るだけの弁舌と人を惹き付けるカリスマ性―――連邦軍の身分証明書を見せられた若い女性警備員が誘導されるまま相手の意に従ってロックを解除してしまった気持ちも解らなくもない。
「結局、どんな優れたマシンも使う人間次第ってことだな」
これじゃあ『網膜識別装置』なんてご大層なセキュリティも意味がないと皮肉ったアムロに、何故か当のシャアが真剣な表情で頷く。
「その通りだ。一年戦争のガンダムだって、パイロットが君でなければ宝の持ち腐れ。あれ程の活躍は出来なかった筈だ。いや、活躍する前に私が墜としていた」
「………そりゃあ、どうも。ガンダムとパイロットを褒めて頂いて」
無表情を装いそっぽを向いてアムロは素っ気なく呟いたが、ほんのりと赤く染まる頬をシャアは見逃さなかった。
「照れる事はないだろう? 事実なのだから」
シャアがクスクスと笑う。
「べ――っ、別に照れてなんかいない」
自分でも説得力がないと自覚しながら、アムロは嘘を押し通す。そう―――嘘。本当は照れていた。シャアの台詞が嬉しくて……くすぐったかった。一年戦争の時、ある男に言われた言葉は、その後ニュータイプと呼ばれパイロットとしての腕を認められてからも、小さなコンプレックスとして心の端に引っ掛かっていたのだ。
『自分の力で勝ったのではないぞ。モビルスーツの性能のお陰だということを忘れるな!』
だが、パイロットがアムロだったからこそとシャアは言う。いつだってアムロを一番高く評価しているのは目の前にいるこの男。
「ありがと…」
アムロは相手には届く筈のない小さな声で呟いた。
「で、結局何をしに来たんだよ?」
最初の話題が再燃した時、二人は何故かアムロのマンションの部屋で一緒に夕食を取っていた。
「夕食を食べに来た、なんて台詞は聞かないぞ」
先ほどの会話を思い出し、しっかり先に釘を刺しておく。
「君に会いに来たと言っただろう?」
「だったら、さっさと用件を言え」
まさか茶飲み話をしにきた訳じゃないだろう?と詰め寄るアムロに、
「それに近いかもしれないな」
とシャアが言う。
「一言、挨拶しておこうと思ってね」
「挨拶?」
それこそ訝しげにアムロが問い返した。今更挨拶などが必要な関係ではない。
「君には私が生きているという事を知っておいて欲しいから」
グリプス戦役が終結してから十ヶ月ほどが経った今、表向きは戦場で行方不明になったとされている『クワトロ・バジーナ大尉』は、状況から考えて生死は絶望というのが通説だった。元々シャアはそれを狙ってあのタイミングで姿を隠したのだが、アムロにだけは知っておいて欲しかったのだ。自分が生きているという事を。だが、それを聞いた相手の返事は冷たいとさえ言えるほどそっけない。
「なんだ、そんな事を言いにわざわざ地球へ降りてきたのか?」
「………そんな事?」
それまで穏やかな表情で微笑んでいたシャアが眉を顰める。誠意を込めた自分の言葉を『そんな事』と片付けられるのは不本意だった。
一方のアムロは、シャアの不穏な気配に気付いているのかいないのか―――前言を撤回する様子もない。
『私の生死など、君にとってはどうでも良い事だと?』
シャアがそう問い詰めるより早くアムロが口を開く。
「そんな事、わざわざ良いに来なくても知っていた。貴方が死んだなんて思った事は一度もないよ」
何を根拠にか、きっぱりと言い切ったアムロの顔にシャアが驚愕の視線を向け………きっかり3秒後にその表情がふわりと緩んだ。
「そうか…知っていた……か」
過去も現在も、そして恐らくは未来も-―――誰よりも自分を理解してくれるのは、敵でありライバルでもある彼。この先、お互いの道が再び分かれる事があっても、それだけは変わらない。
それでも―――
「側にいて欲しい…」
シャアは、その言葉を相手に届く声で伝える事は出来なかった。
▶再録集3
《カテゴリ:再録集@既刊詳細》
■収録内容
【手に入れたいもの】
【手に入れたいもの2】
アムロinネオジオンの話
■サンプル
「またか…」
もうウンザリだと言わんばかりの勢いでブライトが溜息をつく。調査に来ただけの自分達が、何故、現地住民と戦闘しなければならないのか、と。外殻新興部隊ロンド・ベル隊の旗艦ラー・カイラム艦長ブライト=ノアは実際ウンザリしていた。
宇宙世紀0090の3月に設立されたロンド・ベル隊は、表向き反地球連邦組織のテロに対する監視と鎮圧の為に設立されたのだが、暗黙の了解としてもう一つの任務が与えられていた。
『グリプス戦役の際に行方不明になったとされるクワトロ=バジーナことシャア=アズナブルの所在を突き止める事』
0089辺りからスペースノイドの間では地球からの独立の気運が高まっていた。連邦軍が経済制裁などを行ってコロニーを締め付ける程、それに比例するかのように各コロニーでは独立運動が活発化し、エグムやNSPといった過激な反地球連邦組織がテロを繰り返すようになっていた。そんな彼らにとって40年以上も前にスペースノイドの独立を提唱し、それを実行しようとしたジオン=ダイクンの忘れ形見であるシャアは、格好の旗印でありカリスマ的存在だったのだ。
ロンド・ベル隊設立当初はシャアの生存自体に半信半疑だった連邦軍上層部も、捉えた捕虜が口々にシャアの生存を主張すると、さすがにその存在を煙たく思うようになったのだろう。0092に入ると、各コロニーを徹底的に調査してシャアの行方を突き止めろとまで命令してきた。
「仕方ないよ。コロニーに住むスペースノイドの多くはシャアの味方さ。彼らから見れば、俺達は地球から宇宙全体を支配しているつもりでいる一部のエリートどもの手先も同様なんだろう」
「奴らの手先と思われるのはさすがに不本意だな……」
辛辣なアムロの意見にブライトが苦笑する。
「連邦軍の軍人としては、あまり褒められる台詞じゃないね」
二人は地球連邦軍の大尉と大佐という地位にあったが、連邦政府や軍上層部を信用していないという点では完全に意見が一致していた。
「一年戦争の頃、貴重な軍事機密を持って脱走までやらかした不良軍人に言われたくない」
そんな軽口が許される間柄でもある。
「まあ、そのお前がいなけりゃ、あの頃も今も、まともな戦闘なんぞ出来ないのだがね」
コロニーの調査は困難を極めていた。連邦軍が調査に行くと、コロニーのスペースノイド達はまるで敵が来たかのように警戒し、調査に協力するどころか、部隊は反地球連邦組織から攻撃を受ける事もしばしばだ。ほとんど実戦経験のないロンド・ベル隊で、アムロの存在は貴重だった。
「ロンド・ベル隊メインスタッフの候補者リストの中にお前の名前を見つけた時、俺は嬉しかったのと同時に少し意外だった」
「政府や軍上層部が、よく俺を宇宙で野放しにする気になったって?」
アムロの口調に皮肉が混ざるのは致し方ない。一年戦争終結後、随分長い間アムロは『危険人物』として軍の監視下に置かれていたのだ。
「それもあるが―――お前がロンド・ベル隊への入隊を引き受けた事の方が意外だった」
「命令には逆らえないよ」
アムロは素っ気ない口調で答えたが、それが嘘である事はどちらもが知っていた。
「その気になれば軍を抜ける事も出来ただろう? お前は軍に恩も義理もないんだから……」
ブライトの指摘はもっともで、これ以上の言い訳は無意味に思えた。歴戦の名艦長は、相手の本心を聞き出す才能もあるらしい。まあ、これは単にアムロがそれだけブライトに心を許しているからに他ならないのかもしれないが。
「ブライトの言う通りだ。俺がロンド・ベル隊への入隊を受諾したのは、スペースノイドの独立運動の鎮圧に荷担するためなんかじゃない-―――」
言葉を探すように少し間を開け、
「一つ、話しを聞いてもらってもいいかな」
そんな前置きと共に、アムロはロンド・ベル隊が設立されて丁度一年ほどが経った頃の出来事を語り出した。
目の前に立っている人物が、自分に会う為にやって来たのだとアムロは疑いもしなかった。自意識過剰だったわけではない。相手が『偶然の再会』に驚いた様子でもなく自分に視線を投げてきたからだ。
「こんな所に何をしに来た?」
「君に会いに」
一応の問い掛けに、返ってきたのは予想通りの答え。
「アンタは自分が連邦軍の中で『指名手配』に近い扱いだって事、分かってないようだな? シャア」
血眼になって探していた筈の相手が突然目の前に現れた事に、腹が立つよりも呆れる。
「自分の立場はわきまえているさ。だから、ちゃんと変装をしているだろう?」
「それの、どこが……」
連邦軍がシャアの資料として配付しているデータは、シャアがクワトロ大尉を名乗っていた頃のものだ。それを考えれば確かにサングラスなど掛けていた方が身元はバレやすいのかもしれないが、目立つ金髪に鮮やかなブルーの瞳を晒していては、一般人を装った地味な服装や伊達眼鏡など意味がないように思われた。
「第一、その服貴方には似合わないよ」
ありふれたチェックのシャツにGパン―――余程体型に問題がない限り着こなすのが難しい格好ではないのだが、シャアが着るとどうも似合わない。体型的には全く問題などないので、やはり『カジュアルなシャア』というイメージが合わないのだろう。
「似合わない? そうか? 軍人や政治家などに見えないよう苦心したのだが…」
「………まあ、確かに政治家には見えないけどね」
数年ぶりの再会がごく普通の街中で、シャアと、これまたごく普通の会話を交わしている自分を可笑しく思った。だが、不思議と違和感はない。もし―――もしも、シャアと自分が敵としてではなく出会っていたら、意外と良い友人になれたのかもしれない……そんな風に思えるほど、シャアとの会話は本当に普通だったのだ。
「少し時間を取れないか? 折り入って話しがある」
それまで浮かべていた微笑を封じ込め、真剣な口調で申し入れてきたシャアにアムロも表情を変えた。『折り入って』の内容が茶飲み話とは思えない。
「時間はあるが、忘れてもらっては困る。俺は今でも連邦の軍人だ。話しの内容によっては上に報告する事になるぞ?」
「報告するかどうかの判断は君に任せるよ」
今すぐ通報するとは言わないアムロにもう一度笑顔を見せ、シャアは先に歩き出した。アムロも後に続く。
「話しをするのに、こんな場所でないといけないのか?」
案内された場所に眉を顰めアムロは言った。そこは所謂『ラブホテル』。今時、男同士で入るところを見られてもあからさまに注目されるワケではないが、居心地が良い場所とは言い難い。
「こういう場所は余計な人間にも会わずにすむし、意外と内緒話をするのに向いているのだよ。他意はない」
派手なダブルベッドに腰掛けながらシャアが答える。
「もっとも、君の返答次第では本来の目的に使用しても良いが?」
「何だって…?」
付け加えられたシャアの台詞に、アムロは眉間の皺を濃くした。
「折り入って話しがあると言わなかったか?」
「では、本題に入ろう。何年も前に断った話しを蒸し返すなと言われそうだが……」
シャアの前置きで、アムロは『話し』の内容に見当をつける。そして、シャアの切り出した話しはアムロの予想通りだった。
同志になれと―――
一緒に来いと―――
「何故、今更そんな事を? 一緒に戦った仲間を見限ったのは貴方の方だ」
地球で『クワトロ大尉』の行方不明の報を聞いた時、一般的に考えれば生存は絶望的な状況だったにも関わらず、アムロはシャアが死んだとは思わなかった。数年後、彼が反地球連邦派のカリスマ的存在として生存を噂された時は、驚くよりも「やはり…」という思いの方が強かった。地球でクワトロ大尉のフリをしていた時のシャアは随分無理をしているよう見えたので、いつかはそんな日が来るだろうと思っていたのかもしれない。
「あの時一緒に戦っていた仲間を見限ったつもりはない。どうやっても変わらない―――変わる気のない地球の連中に嫌気がさしたのさ。内部からの改革は無理だと分かった。だからクワトロ大尉でいることを辞めたのだ」
シャアの言い分も気持ちも理解出来た。賛同出来る部分があるのも事実だが、アムロはシャアに差し伸べられた手を取る訳にはいかなかった。
「内部からの改革の方が時間がかかる事は承知している。だからと言って諦める訳にはいかないし、テロで体勢が変えられるとは思わない」
各地で頻繁に行われているテロや、そういう者達に祭り上げられているシャアに嫌みを込めて言う。
「勿論だ。いつまでもテロのような活動をしていては何も変わらない。だから、政府や連邦軍に対抗出来るだけの組織が必要なのだ」
その為に力を貸して欲しいと―――
そう言われて一瞬決意がぐらつきそうになる。もし次の一言がなければ、シャアの誘惑に肯いてしまったかもしれない。
「アムロがいなければ、連邦軍など敵ではない」
それはシャアの本音ではあったが、本心ではなかった。この時シャアがもう少し素直であれば、或いは二人は戦う事などなかったのだろう。
「戦い甲斐のない敵では、貴方もつまらないだろう?」
「―――それが返答か?」
無言の返答に、シャアは諦めきれない様子で言葉を継いだ。
「敵に回ると分かっているのなら、このまま君を拉致しても良いのだぞ?」
「出来もしないことを…」
もうこれ以上話す事はないとばかりに話しを切り上げようとしたアムロの腕を捕り、座っていたベッドから立ち上がるとシャアは間近からアムロの瞳を覗き込む。
「もう一度言う。腐敗しきった地球の連中を内部から変えるのは無理だ」
「やってみなけりゃ分からない。俺は貴方ほど諦めが良くないんでね」
握られた腕を振り解けない―――その力の差が悔しくて皮肉めいた口調で反論し、アムロはシャアを睨み付けた。
「離せ」
こんなところでムキなっても仕方がないと静かな声で言ったが、
「イエスと言うまで離さないと言ったら?」
「つまらない事を言ってないで離―――――っ!」
人を馬鹿にしたような―――あくまでもアムロの主観であるが―――シャアの言い様に思わず声を荒げ、しかしその台詞は途中で遮られた。
「何を―――ン……っ」
無理矢理塞がれた唇を一度は引き離したが、抗議を口にする前に再び唇を奪われる。今度は引き離すどころか藻掻けば藻掻くほど深く唇を合わされ、口腔内を貪られた。舌先で歯列をなぞられビクリと身体が震える。女性とキスを交わした事は何度もあったが、こんな風に貪られるキスは初めてで、アムロは酸欠と驚愕と―――そして、認めたくはなかったがシャアによって与えられる快感の為に膝から力が抜けていくのが分かった。
シャアの支えがなければその場に崩れ落ちそうな状態になって、ようやく解放される。
「何のつもりだ……?」
荒くなる息を整えながら問い掛ける声は意外なほど冷静で、事実、何故かアムロはシャアの行為に対して腹を立ててはいなかった。シャアが戯れ言でやったとは思えなかったから…かもしれない。ただし、シャアが『それ以上』を求めてくれば話しは別だ。
「ララァの代わりを俺に求める気なら、無駄な事だ」
「無駄……か」
真っ直ぐに見詰めてくるアムロの視線を受け止め、シャアは捉えていた腕を離した。
「ならば戦って決着をつけるしかないな」
「むしろ、それが貴方の望みなんじゃないのか?」
「―――その通りだ」
その言葉が合図であったかのようにベッドから立ち上がりドアへと向かう。
「地球に大切な人がいるなら今のうちに宇宙へ上げておく事だ、アムロ」
最後にそんな言葉を残し、シャアは部屋を立ち去った。
「妙な話を聞かせてしまってすまない」
アムロに話の終わりを告げられ、ブライトはハッとしたように顔を上げた。
「いや、俺は構わないが…良かったのか? かなり、お前とシャアのプライベートに立ち入った内容だったが……」
どうコメントして良いのやら分からないといった様子で言葉を濁すブライトにアムロがクスリと笑う。
「いいんだよ。俺の方が、誰かに聞いて置いて欲しかったんだ。シャアと決着をつける前に…」
「そういう言い方はよせ。何だか遺言のように聞こえるぞ?」
冗談のつもりで言ったブライトだが、アムロの表情に息を呑んだ。
「シャアとの決着を求めていたのは俺も同じだった。シャアを探すのに、奴と決着をつけるのにはロンド・ベル隊に入るのが一番近道だと思ったから―――」
ロンド・ベル隊への入隊を決めたのだとアムロは言った。
「シャアが何をやらかす気か今は未だ分からないが、奴を止めなければ……」
強い決意を秘めたアムロの瞳が益々ブライトの不安を煽る。
「……アムロ。お前、シャアと心中するつもりじゃないだろうな」
「まさか。ただ、戦場では何が起こるか分からないからな。いつ自分の言葉が遺言になるかは分からないだろう?」
シャアがどんな作戦で連邦軍に臨んでくるかは分からないが、いざモビルスーツ戦ということになれば、アムロがMS部隊のリーダーとして最前線で戦う事になる。最終的にシャア本人が出てくれば、今の連邦軍でまともに相手が出来るのはアムロしかいないのだ。当然ながらアムロにかかる負担は大きく、いくらアムロが優秀なパイロットであるとはいえ命を落とす危険がないとは断言出来ない。
しかし危険度で言えばアムロもブライトもそう変わるものではなかった。
「それを言うなら、俺の方が先に死ぬ可能性だってある。一緒に戦場に出る相手に遺言を残しても仕方ないんじゃないか?」
ブライトの言い分にアムロが大きく首を横に振る。
「それは、ないな」
「何故そう言い切れるんだ?」
「俺はブライト艦長の腕を良く知ってるからね。それに…」
アムロはそこで一旦言葉を切り、冗談とも本気ともつかない視線をブライトに向けた。
「俺が戦場にいるのに、旗艦を墜とさせたりはしない」
だから自分より先にブライトが死ぬ筈はないと、それがアムロの主張。聞きようによっては『お前は俺が守る』と言われているようなものだ。長い付き合いとは言え、ブライトもさすがにこれを冗談で誤魔化してしまうのは申し訳ない気になる。
「俺もアムロ=レイがどれ程優秀なパイロットかは誰よりも知っている。だから、お前が居てくれる限り墜とされる気はしないよ」
真剣な表情で答えて―――しかし、どうしても伝えたい事があった。
「だが、お前に命をかけて守って欲しいとは思わない」
本来ならパイロットが命をかけて旗艦を守るのは当然の事。しかし、敢えてブライトはアムロにそう告げた。アムロが個人的な友情を込めて『旗艦は守ってみせる』と言った事も承知の上で。
「お前は昔から、我が儘なくせにいざとなると自分の命よりも他人を優先する癖があるぞ?」
一年戦争当時に戻ったような口調でブライトがアムロに説教する。
「もうそろそろ、自分の事だけを考えても許されるさ」
長い間、アムロが軍によって地球の重力に縛り付けられていた事をブライトはよく知っていた。だから軍や地球にこれ以上縛られる必要はないのだと、他の生き方を見つける事が出来るのなら、そんなモノはいつでも見捨てて自分の為に生きろと、ブライトはアムロに言いたかった。
「我が儘だけ余計だよ」
拗ねたフリでそう言って、アムロは照れくさそうに微笑んだ。「ありがとう」と小さな声で伝える。
ブライトも急に照れくさくなって視線を逸らし、続きは冗談に紛れさせた。
「だいたい、お前が命をかけて旗艦を守っているなどとシャアに知られたら、シャアは真っ先に俺を狙いに来るぞ?」
赤い彗星の標的にされるのはゴメンだと文句を言うブライトに、
「それは大変だな。せいぜい厚く弾幕を張っておいてくれ」
アムロもそんな冗談を返す。二人は声を揃えて笑った。
それから約半年後の0093.02.27。ネオ・ジオンの総帥シャア=アズナブルは連邦軍に宣戦布告をした。
▶再録集2
《カテゴリ:再録集@既刊詳細》
■収録内容(目次より)
【BE TOGETHER(※合同誌より再録)】
【subtle affection】
【subtle friendship】
※カップリング注意!
シャア×アムロ前提の万丈×アムロ(R18)です
『subtle affection』の後日談になります。
【Passing】
※カップリング注意!
シャア×アムロ前提のカミーユ×アムロ(R18)です
【あむろ1/2】
※アムロ女体化(後天性)注意!コメディです
■サンプル(BE TOGETHERのみ)
ティターンズとエゥーゴ、そしてネオ・ジオンが絡んだ三つどもえの戦いが収束し、ようやく訪れた平和も束の間、人類は新たな驚異に晒されていた。敵は地球人だけではない。地底だの、別の銀河だの、別の次元だのから攻めてくる多くの敵と戦う為には地球人同士で争っている場合ではないのだが、主義主張の違いはそう簡単に割り切れないのか、地球人類が一丸となって戦う―――などと言う状況にはならなかった。
幸い、モビルスーツやロボットを開発している民間の研究所などの協力を得て多少は戦力を増強できたものの、グリプス戦役などで多くの人材を失った地球連邦軍の戦力不足は否めない。
そんな状況の中、連邦軍で一番大きな戦力が纏まっている……つまり連邦軍の主力であるロンド・ベル隊の艦長ブライト・ノアは一つの決断を胸に、部隊のスタッフを招集した。
「地球に降りる? この時期にか?」
ブライトの提案に表立って反対はしなかったものの、賛成は致しかねるという様子で理由の説明を求めたのは、グリプス戦役で一度は行方不明になっていたクワトロ大尉だ。
「艦長には何かお考えがあるのでしょうけど、この時期に地球に降りるのは作戦上あまり意味があるとも思えませんね」
クワトロの意見に同意して口を開いたのは、民間人ながらロンド・ベル隊に多くの資金を援助し、自らもダイターン3を駆って戦闘に参加する破嵐財閥の総裁、破嵐万丈。ほとんどが未成年で占められている民間人パイロットの中で彼の存在は貴重だった。
「君たちの意見はもっともだが、どうしても仲間に加えたい人物とようやく連絡がついてね」
「その人物が地球にいるから向かえに行く…と言う訳ですね? でも戦艦で向かえに行くのは大袈裟過ぎませんか?」
会話に加わってきたのはエマ・シーン中尉、民間人のパイロットが多い中で数少ない正規軍人の彼女は、現状での戦力不足を充分認識していたが、戦艦が地球に降りる―――大気圏を突破しなければならないリスクも承知していたので、相手にシャトルで宇宙へ上がって貰う事は出来ないのかと言いたいのだ。
「むろん私もそれは考えた。だが、彼らは今、連邦軍の監視下で軟禁状態でね。自力で宇宙に上がってくるのは難しいのだ」
ブライトの台詞で向かえに行く相手が誰なのかを察したのはクワトロ大尉だ。
「まさか……その向かえに行く相手と言うのは、アムロ・レイか?」
驚きと期待の入り交じったクワトロの台詞に、ブリーフィングルームがざわめいた。
「アムロ・レイってあの有名な…?」
「一年戦争の英雄の……」
『ジオンの赤い彗星』と呼ばれたシャアに対し、一部では『連邦の白い悪魔』などという通り名で噂されるアムロ・レイの名を知らない者はいない。
「そうだ。それにカミーユも一緒らしい」
ざわめくメンバーの声を取り敢えずは聞き流し、ブライトは頷いて見せた。
「カミーユも一緒なんですかっ!?」
ブライトが口にした名前に、アムロの時以上に反応したのは二人の女性―――エマと、そのカミーユの幼なじみでグリプス戦役では戦友でもあったファ・ユイリィだ。彼女は、グリプス戦役で負った『傷』が回復した頃に行方不明になってしまったカミーユの行方をずっと捜していたらしい。
「なるほどね。一年戦争の英雄と、グリプス戦役の功労者が消息不明だったのは、軍によって監禁されていた訳か」
破嵐財閥が持つ情報網を駆使しても行方が掴めない筈だと眉を顰めた万丈にブライトが苦笑する。
「奴らはこんな事態になってもまだ、本当の敵よりも有りもしないニュータイプの軍閥化を恐れているらしいな」
そのニュータイプの力が多くの戦局を有利に導いた事を承知で、感謝するよりもその力を恐れて飼い殺しにする事を選ぶ軍上層部には言いたい事が山ほどあるが、今はそれを議論している時ではない。
「しかし、軍によって軟禁されている者をロンド・ベル隊が脱出させたとなると、色々とマズイのではないですか?」
そう口を挟んだのは、話題になっているアムロやカミーユと同じくガンダム系のパイロットであるシロー・アマダ少尉だった。彼自身はいい加減、連邦軍にはウンザリしていたので今更軍を辞める事になっても構わなかったのだが、最終的には全ての責任を負うことになるであろうブライトの立場を思いやったのである。
「なに、今は連邦軍も混乱しているからな。アムロやカミーユを軟禁する連中もいれば、彼らを救出して戦闘に参加させろと命令してくる勢力もある。今回の作戦はそちらの系統から出された正式な命令なのだ」
だから大丈夫と―――自分の立場を思いやってくれるメンバーに軽い口調で言うと、
「軍の中にも話の分かるオッサンはいるってことだな!」
「それなら話は早い。さっさと英雄達の救出に向かおうぜっ!」
どんな状況に置かれても前向きで明るいスーパーロボットの少年パイロット達が元気に発言する。そんな彼らの言葉を後押しに、ロンド・ベル隊の地球への降下が決定された。
「……ちら…地球……軍のア……レイ、ロン……ベ…隊、応答願い……す。こちら、アムロ・レイ。聞こえているか? ブライト」
次第にクリアになっていく通信機からの声を、シャアは百式のコクピットの中で聞いていた。懐かしいと言えるほど声を良く知っている訳ではない。実際に本人と会ったのは数えられるほどでしかないのだ。だが、どんどん近づいてくる『気配』は良く知っている。一年戦争の頃は敵として、グリプス戦役の時は味方として戦場を共にした相手―――
ロンド・ベル隊に向かってくる多数の敵に追われるようにして、味方の識別信号を出している機体が二機。それがアムロとカミーユの乗る機体の筈だ。一機はシャアも良く知っているZガンダム。おそらくこれにカミーユが乗っているのだろう。もう一機はZガンダムのウェーブライダー型に似た機体(後からリ・ガズィという名前と、Zガンダムの量産型として試作された機体なのだと聞いた)追いすがる敵を鮮やかに墜としていく手並みを見ても、アムロが乗っている事は確実なように思われる。
「よく、二機だけでここまで来られたな……」
シャアは呟いた。
軟禁されていた基地から脱出した二機を追う機体は多い。これまでに随分の数を墜としてきたとなれば、最初は更に多かったに違いないのだ。
「まあ、あの二人ならば当然か。むしろ追うように命令された敵パイロットに同情すべきだろうな」
そう言っている間にも、視線の少し先で敵機ばかりが墜とされていく。Zがビームサーベルで近くの敵を、アムロの方はライフルで遠くの敵を……コンビネーションも中々のものだ。この二人が戦闘に加われば今後のロンド・ベル隊の戦いは随分楽になると喜ぶ反面、目の前で繰り広げられるアムロとカミーユのコンビネーションに釈然としない気分になる。
しかし、この時点で、シャアはまだ自分の感情の正体には気付いていなかった。
「向かえに来てくれた集団の先頭にいる金色の機体、きっとクワトロ大尉ですよ」
戦闘中にもかかわらず、接触会話でカミーユが話し掛けてきた。カミーユの指摘を待つまでもなくアムロも金色の機体の気配は感じていたし興味のある話題である事も確かだったが、今はそれよりも戦闘中に会話をするだけの余裕があるカミーユにホッとする。何と言ってもカミーユが戦場に出るのは久しぶりで、あのシロッコとの一戦以来なのだから。
「この短い戦闘で勘を取り戻せるなんてたいしたものだ」
接触会話越しに聞こえてくるアムロの声音と台詞に、カミーユはアムロの気遣いを感じて嬉しく思う。
「戦うのは恐いですよ……でも、アムロさんと一緒だから平気です」
それはアムロの気遣いに対するお礼の意味を込めた言葉のつもりだったが、口にしてみると案外本音に近い事が分かった。
(そうか……アムロさんと一緒だから久しぶりの戦場でも落ち着いていられるんだ…)
シロッコを倒すのと引き替えに、半ば廃人同様になってしまった自分。ファの協力もあってようやく精神的な荒廃からは回復したが、もう二度とモビルスーツに乗る事も戦争に関わる事もゴメンだと思っていた自分が、アムロの「ここを脱出して、ロンド・ベル隊に合流しよう」という誘いに乗ったのは、グリプス戦役で初めて出会ったアムロが戦う事に対する恐怖を克服していった様子を思い出したからだ。
(アムロさんを立ち直らせたのは、ベルトーチカさんと……シャア・アズナブル)
自分にとってはクワトロ大尉である人物も、この件に関しては別の名前で呼ぶべきだろうとカミーユは思う。
(僕を立ち直らせてくれたのは、ファとアムロさんって事かな)
カミーユがそんな事を考えている時、またもや接触会話によってアムロの声が聞こえてきた。
「ありがとう」
と。最初、何に対する『ありがとう』なのかさっぱり分からなかったカミーユは、暫くして、それが先程の自分の台詞に対する答えだったのだと気付く。
「アムロさんて……すごい照れ屋なんですね」
カミーユはクスクスと笑ってそう言ったのだった。
▶再録集1
《カテゴリ:再録集@既刊詳細》
■再録内容
【雨宿り・雨上がり】
1st、Z、CCAでそれぞれ雨にまつわるタイミングでシャアとアムロが出会う話
【BEYOND THE TIME】
29才のアムロが1stガンダムの世界にトリップする話です
【0083】
宇宙世紀0083周辺が舞台になっています。シャア×アムロがメインでガトー×コウでもありますが、あくまでもメインはシャアムで主人公はアムロです。かなりアムロ贔屓の内容となっておりますので、83に強い思い入れをお持ちの方には不向きな内容となっております。また83のキャラが多数登場します。83を見てらっしゃらない方にでも読んで頂けるよう努力はしたつもりですが、83を未視聴の方はご注意下さい
■サンプル(雨宿り・雨上がり)
「天気の予定表ぐらい渡してくれたら良いのに!」
今日が雨の予定だと分かっていれば、オープンタイプの車で出かけるような事はしなかったとハンドルを握る少年は忌々しげに呟いた。そもそも『天気の予定』などという概念はコロニーで暮らすスペースノイド独自のものなのだが、既に人類の半数以上がコロニーで暮らすスペースノイドと呼ばれるようになって久しい。天気は予想・予報するモノではなく『予定』通りに人が管理するモノであるのだから、その予定を確認もせずオープンカーで飛び出した少年の方に非があるだろう。
「このままだと風邪ひきそうだ……」
少年はハンドルを握ったままブルリと身体を震わせた。
身に着けている地球連邦軍の制服はすっかりびしょぬれで身体に張り付き、赤茶色の巻き毛からは水滴が滴っている。
〈このまま風邪をひいたら、少しぐらい休ませて貰えるかな…〉
一瞬そんな姑息なことを考えてしまうほど少年の日常は戦いに明け暮れていたが、風邪でベッドに縛り付けられた休みでは面白くない。そして何よりも、自分が怪我や病気で戦線を離脱してしまったら、自分が所属する部隊は敗戦もしくは苦戦を余儀なくされるだろう。それは少年のやや過剰気味な自負心であったかもしれないが、動かし難い事実でもあった。
風邪などひいている場合ではない……と言うよりは、風邪ぐらいでは休めそうにない―――それが現状だ。ならば、健康でいる方が良いに決まっている。
少年は車を走らせながら周囲に視線を走らせた。雨宿りできそうな場所を探すために。しかし、あいにく少年が車を走らせていたのは街中ではなく郊外にある湖の側の街道だ。建物と言えば金持ちの別荘らしきものがポツポツと見えるだけで、飛びこんで身体を暖められそうなホテルどころか、温かい物を飲みながら雨宿り出来そうな喫茶店も見当たらない。
「仕方ないな。あの家の軒下でも借りるか」
少年は目に留まった、やや軒下が大きめの家に車を寄せた。その家に目を留めたのは全くの偶然。特に『何か』を感じたからではなく、他の家に比べ軒下が大きめで雨を凌ぎやすそうだったからに過ぎない。だが、偶然が引き起こした少年――アムロ・レイと二人との出会いは恐らく必然だったのだろう。
「大佐。ドアの外に誰か居ます」
出掛ける支度をしていた少女が、ふと顔を上げて玄関の扉を見た。彼女は見たところアムロと同世代の、まだ少女と呼ぶに相応しい年齢であるのだが、漂わせる雰囲気もその言動も大人びている。勿論それだけなら、見えもしないドアの向こうの様子など口にしたところで誰も信じたりはしないが、彼女は人よりも少しばかり勘が良い。一緒にいた青年はそれを良く知っていたので、少女の言葉を疑うことなく視線を追って玄関の扉に目を向けた。
「玄関に?」
この時間に此処を尋ねてくる予定の者は居ない。青年は訝しげに表情を緊張させると、少女を安全な場所に下がらせ玄関に向かおうとしたが、少女はその相手に向かって首を横に振り、自らが玄関の扉に向かう。
「ララァ?」
「大丈夫です、大佐。嫌な気配は感じません」
敵ではありませんよ、と笑って扉を開けようとするララァを尚も引き留めようとしたが、制止の台詞を口にする前にララァは扉を開けてしまった。
敵ではない―――そう判断して扉を開けたが、まず目に入ったのは連邦軍の制服で、そのことがララァを驚かせた。しかし、そうやって『敵』の制服を目にしても、やはり相手から敵意は感じられず、むしろどこか懐かしい感じすらする。しかもよく見れば、目の前に立っているのは、まだミドルティーンとしか思えない少年だ。
「あ…っ、あの、すみません。軒先が広かったのでちょっと雨宿りを……」
少年は突然扉が開いたにもかかわらず、あまり驚いた様子はなかった。ただ、相手もララァが感じた『何か』を感じたのか、吸い込まれそうに印象的な瞳で見つめてくる。
「綺麗な瞳をしているのね」
クスリと笑ってそう言うと、少年は戸惑った表情で
「そうですか…?」
とだけ答えた。そこへ、部屋の中にいたもう一人の人物もやって来る。
「どうした? ララァ」
「あ、大佐。この少年が軒下で雨宿りしていたみたいなのですけれど……」
ララァは自分と同じぐらいの年頃であろう相手に向かって、自分が『少年』と言ったことで相手の気分を害してしまったかと玄関を振り返ったが、振り返った視線の先には、驚いたのと緊張しているのと、そして何処か不思議そうなのを足して混ぜ合わせたような表情の少年がいるばかりで、ララァの台詞を気にしている様子はない。少年の視線の先にいるのは―――
「お知り合いですか? 大佐」
少年の表情からララァがそう問い掛けると、
「いや…」
という返答が返ってきたものの、こちらもきっぱりと否定してしまうには腑に落ちない様子だ。そのまま沈黙してしまった二人を交互に見やり、会話の切っ掛けを探して視線を泳がせたララァは、柱に掛けられたアンティークなアナログ時計を見て慌てたように口を開く。
「時間ですので、出掛けないと」
言ったものの、ララァはどことなく緊張感を漂わせる二人を置いてこの場を立ち去るのに躊躇いを覚えた。目の前に立つ見知らぬ少年に何故だか興味も惹かれる。
「ああ、そうだな。後のことは適当にやっておくから、ララァは行くといい。遅れたらまた嫌味を言われるぞ?」
「はい、ではお願いします」
相手の心情を察した青年が優しく笑うと、ララァはようやく安心して部屋に準備しておいた荷物を取りに戻った。
「またね」
地球連邦軍の制服を身に着けた見知らぬ少年―――だが、何故か再会する予感を覚えて、ララァは玄関に立ったままの少年に向かってそう声をかける。もしまた出会うとすれば、その時は『敵』でしか有り得ないと分かっていても、ララァはその少年に対する親しみを消す事は出来なかった。
■サンプル(BEYOND THE TIME)
『恐らく戦闘そのものには間に合わない…』
それは分かっていたが、戻らない訳にはいかなかった。ロンド・ベル隊に所属するパイロット達は他の部隊にいるパイロットに比べれば実戦慣れしている方だが、それでもアムロの戦歴とは比べるべくもなく、相手がシャア直属のネオ・ジオン艦隊となれば、ブライトが自分を呼び戻す気持ちが嫌というほど解るからだ。
「サイコミュ受信の調整終了。νガンダムに火を入れる」
νガンダムのコクピットでブライトからの帰投命令を受け取ったアムロは、サイコミュ受信の調整を強引に切り上げ宇宙(そら)へ上がると宣言した。オクトバーを中心とするメカニックマン達は勿論、ロンド・ベルのクルーであるチェーンも当然のように無茶だと止めたが、いつまでも月にいたところでブライトの手助けは出来ない。
「止(や)めてくださいっ! 間に合いはしません」
分かり切った科白で更に引き留めるオクトバーを振り切って、νガンダムは月を発進した。
「知りませんよ」
オクトバーの最後の科白が、調整の終わっていないνガンダムの性能に対するものなのか、それともνガンダムのコクピットに無理矢理補助シートを積み込んでチェーンと二人乗りで飛ぶことに対するものなのかは分からなかったが、それでも律儀にブースターを用意してくれたことにアムロは感謝する。例え地球の六分の一だとしても、ブースターがなければ月の重力を振り切ることは出来ないのだ。
ブースターに乗せたνガンダムが月を飛び立つ瞬間、コクピットにいる二人には加速度による凄まじい重力がかかる。チェーンは一瞬にして意識を失ったらしい。慣れているアムロにしても、普段の戦闘で身体に掛かるのとは比べものにならない重力に、ゆっくりと意識を手放した。
ゆっくりと覚醒する意識が、聞き覚えのない人の声を捉(とら)えた。これはアムロには珍しい事だ。一般にニュータイプと評されるアムロは、自分では世間が言うほど勘が良いとは思っていなかったが、それでも他人の気配には敏感なので、どれほど熟睡していても見知らぬ人間がすぐ側に近づくまで気付かないという事はない。
「気が付いたか」
問い掛けてくる声にやはり聞き覚えはなく、目に映る光景に見覚えもなかった。見覚えはないが、目の前に立っている人物が白衣を着ている事、寝かされていたベッドがスプリングのきいたベッドではなく診察台であった事、そしてわずかに漂う消毒液の匂い―――ここまで条件が揃っていれば、ニュータイプなどでなくても、どういう場所かぐらいは判断出来ようというものだ。
記憶なら辿る必要もない。自分はラー・カイラムのブライトに呼び戻され、月のアナハイム研究所からロンド・ベル隊が展開する戦場へ向かっている筈だった。となれば、考えられる可能性は―――あまり考えたくはないが―――月からの射出後、何らかのトラブルがあって、意識を失ったまま味方に救出されたか、もしくは(更に考えたくない可能性だが)敵の捕虜になったか……。
「取り敢えず身元を照会する。所属と名前を」
白衣の男の問い掛けが、住所ではなく所属を求めるものであるからには、ここは民間の病院ではなく軍関係の医療機関、もしくはどこかの基地内や軍艦内の医務室なのだろう。アムロは名を聞かれて、相手に気付かれない程度に眉を顰めた。地球連邦軍の関係者ならば名前など聞いてこない筈だ。名前など聞かずとも顔を見れば誰か分かる程度には、アムロは自分が有名人である事を自覚している。となれば、自分は味方に救出されたのではなく、敵の捕虜になった可能性の方が高い。当然ながら、うかつに自分の名前を名乗る訳にはいかず黙り込む。そんなアムロに相手はやや苛立ちを込め、しかし一応は医師として心配している様子で再び問い掛けてきた。
「君、聞こえているか? 所属と名前を述べなさい。それとも耳が聞こえないのか?」
戦場では、間近で爆発に巻き込まれたりした場合、たまたま遮蔽物で怪我は免れてもその轟音で一時的に耳が聞こえなくなることもあるし、最前線の経験が少ない人間は精神的なショックで耳が聞こえなくなったり声が出せなくなることもある。そういう患者を扱い慣れているらしい彼は、筆談に切り替えるためメモとボールペンに手を伸ばしたが、ペン先が紙に辿り着く前にアムロは口を開いた。
「耳なら聞こえています」
「ならば先程の質問に答えなさい。君の所属と名前は?」
声を荒げることなく三度も同じ質問を繰り返した男は、なかなか我慢強いと言うべきだろう。だが四度目はない―――これで質問に答えなければ、相手は別の手段で『不審人物』の身元を照会する筈だ。直感的にそう判断したアムロは、それでもまだ悩んでいた。連邦軍の間で有名人であるアムロだが、その点に於いてはネオ・ジオン側にとっても同じなのだ。この医師はたまたま顔を知らないようだが、例え偽名を名乗ったとしても写真などでデータを紹介されてしまえば、すぐに身元は割れてしまう。かと言って、恐らくは敵地であろうこの場所で本名を名乗るのは余りにも間抜けな行為だった。
〔とにかく逃げ出すまでの時間を稼ぐしかない〕
自分はこんな場所で捕まる訳にはいかないのだ。
―――どうしても、シャアの隕石落としを止めなければならないのだから―――
偽名を名乗るなら、戦闘に巻き込まれた民間人を装う方が賢明だろう。
「あの、僕は……」
だが、軍人らしからぬ口調を心がけ、適当な偽名を口にしようとしたアムロは、入室を求める合図と共にその場に現れた人物―――正確を記するならば、その人物の服装を目にして息を呑んだ。
〔何だってっ!?〕
現れた男が身に付けている制服には見覚えがある。それは地球連邦軍のものではなく、ネオ・ジオン軍のものでもなく、今では博物館や記録映像の中でしか見られない一年戦争当時のジオン軍のものだった。
「彼の身元は分かったか?」
声も出ないほど驚くアムロを余所(よそ)に、入ってきた男は医師に向かって問い掛けた。
「いえ、つい先程意識を取り戻したところで、所属と名前を問い質しているのですが―――」
答えようとしないのです、という医師の言葉に
「答えられない理由でもあるのか?」
医師とは違い純粋な軍人であるらしいその男は、アムロを胡散臭げな視線で睨む。だが、アムロの方は偽名を名乗るどころではなかった。
「ここは……何処なんですか?」
尋問されている側がこんな事を聞いて答えて貰えるとは思えなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。この疑問が解消されない限り、ここを逃げ出すべきかどうかの判断すら出来ないのだ。
ジオン軍の制服を身に着けた男は、当然のように眉を顰め
「まずは貴様の所属と名前を明らかにしろ」
と問い詰めたが、逆に医師の方は先程からのアムロの態度から何かを勝手に判断したらしく、
「君……もしかして記憶が混乱しているのか? 先程の検査では頭部に打撲の痕などはなかったが」
医師らしい口調で問い掛けてくる。
「頭部に傷もないのに記憶喪失になったりするものなのか?」
「それは可能性がありますよ。人は強い精神的なショックによっても記憶を失うことがありますから……ただ、彼が記憶喪失と決まった訳ではありません。少し混乱しているだけかも―――」
横から口を挟んだ男に丁寧に説明しながら、医師はアムロに視線を向ける。この時には、アムロの中で答えは決まっていた。なんせ、相手の方から恰好の答えを提供してくれたのだ。
「僕は自分が誰なのかも、ここが何処なのかも、何故ここに居るのかも分からないのです」
自分が誰なのかはともかく、ここが何処なのか、何故ここに居るのかが分からないのは本当だった。νガンダムで月を出た後、何らかのトラブルで医療関係の機関に収容されたのだとばかり思っていたが、後から部屋に入ってきた男が身に着けている物が連邦軍でもネオ・ジオン軍でもなく、一年戦争当時のジオンの制服とあっては、本気で記憶喪失になったとでも思いたいぐらいだ。
「いい加減なことを言うなっ!」
軍服を身に着けた男はそう言って疑わしげな視線を向けたが、白衣の男は目を覚ましてからずっと戸惑った様子のアムロの言葉を信じてくれたらしい。
「まあまあ。そう頭ごなしに決めつけるものではありませんよ」
穏やかな、だが医者らしい毅然とした言葉で軍服の男を宥めるとアムロの方に向き直った。
「ここはサイド3のジオン本国だ。君はノーマルスーツを着用しただけの姿で宇宙空間を漂っていたところを、偶然通りがかった艦に拾われたのだよ。その艦が通りかかるのがもう少し遅ければ、おそらく君は死んでいただろう。君が助かったのは奇跡的な偶然と言っても良いぐらいだが、ここで問題になるのは何故君がノーマルスーツ一つで宇宙空間(あんな所)を漂っていたかだ。ジオン公国の情報では、あの辺りで戦闘があった記録も、民間船が行方不明になった報告もなかったのだからね」
そこまで話して一度言葉を切った医師は、ここから先が重要なのだと言いたげな様子で慎重に口を開く。
「つまり、君は連邦軍のスパイだと疑われても仕方のない立場なのだよ」
それは、自分が拾われた状況を聞かされたアムロにとって予想の範囲内の台詞だった。戦闘記録も民間船からの救助要請もない空間に突如ノーマルスーツの人間が現れるなど、普通では有り得ない。考えられる可能性として一番疑われるのは、連邦軍のスパイを乗せた艦が何らかの理由で遭難したか、或いはそのスパイが潜入に失敗したか―――
「確かに僕はスパイと疑われても仕方がないですね。しかも僕はそれに対して言い訳する手段もありませんし……」
ここが正念場―――駆け引きを間違えればスパイとして投獄されることは免れない。
「何でしたら自白剤でも使ってみますか? 記憶喪失の人間に自白剤が効くかどうか分かりませんが」
これは賭だった。虚勢を見破られれば、やはりスパイとして疑われるだけだし、本当に自白剤など使われたら精神科の病院か研究所送りは間違いないだろう。なんせ、この医者の言うことが本当なら、どうやら自分は時間(とき)を超えて十四年前に迷い込んでしまったらしいのだから……
一応アムロには勝算があった。自白剤の使用は南極条約で禁止されているし、目の前の男は意外とまともな医者であるらしいから人体に悪影響のある自白剤を使用する可能性は低い。そして、そのアムロの計算はどうやら当たったようだ。
「いや、私は君の記憶喪失を疑ってはいないよ。ここへ連れ込まれた時の君の意識レベルは薬物などで低下させられていたものではないからね」
「どういう事だ?」
「連邦軍にしてみれば、スパイを送り込むのに意識を失わせ宇宙空間に放り出すというのはあまりに無謀で効率の悪い遣り方ではありませんか? うまく潜り込めそうなジオンの艦に拾われる可能性よりも、ノーマルスーツのエアー切れでスパイが死に至る可能性の方がずっと高いはずです。仮にジオンの艦が通りかかるのを見計らって放り出したのだとしたら、スパイの意識を一時的に失わせる為に薬物などを使用した筈ですが、その痕跡はなかった。第一、この彼が本当にスパイだとしたら、こんな風にいかにも疑ってくれという状況で潜り込んでは来ないでしょう」
「なるほどな」
医師の説明で軍服姿の男も一応納得したらしいが、だからと言って、相手が身元不明の怪しい男である事に変わりはない。
「しかし、このままこの男を解放する訳にもいかないが…」
「それは当然です。彼が何らかのトラブルに巻き込まれてノーマルスーツ一つで宇宙空間に放り出されたのだとしても、ジオンとしてはそのような情報などないのですから、もっと詳しく調べてみる必要があります」
その辺りは医師も甘くなかった。第一、アムロにしてもここが本当に十四年前のジオン公国であるのなら、このまま放り出されても困るのだ。行く当ても帰る手段もないのだから。せめて自分がどのポイントで拾われたのか、その時どんな状況だったのかを知らなければ、元の時空に戻れる手掛かりすらない。
「調べると言ってもな」
ここへ来て軍服の男は溜息をついた。サイド3近くの空域で何らかのトラブルがあったのだとしたら当然調査をするべきなのだろうが、正直な所、今の時期それは些細な問題で自分の管轄でもない。明らかに連邦のスパイであるなら上官と相談の上捕虜として扱うことも出来るが、連邦軍との最終決戦が近づいているこの時期に、身元不明の男一人にいつまでも関わっている訳にはいかないのが現状なのだ。
「記憶喪失と言うからには身元引受人なども期待出来ないだろうし、いったいどうしたものか……」
明らかに医師に向かって『暫くここで預かって欲しい』と言いたげな視線を送る軍服の男に、だが医師の方も首を横に振った。
「戦闘が続いていて医師の数は不足しているのです。ここの入院患者数も飽和状態に近い。記憶がないだけの健康な人間を預かる余裕などありません」
アムロの処遇について、お互い責任を相手に押しつけようとしていた所に、当のアムロが声を掛けた。
「宇宙空間で僕を拾ってくださった方に会わせて貰えませんか?」
二人が自分の身柄を押しつけあっているらしいと察したアムロの判断は迅速だった。このままサイド3に閉じこめられる訳にはいかないのだから、少しでも宇宙(そら)に出られる可能性を探さなければならない。そして、有り難い事にこのアムロの提案に二人は飛びついた。自分が責任を負いたくないのなら、拾ってきた奴に責任を押しつければ良い―――そう考えたのだ。幸いな事に、この男を拾ってきた人物はザビ家長男のお気に入りらしいという噂だ。宇宙で拾った正体不明の捕虜の一人や二人、どうとでも処理してくれるだろう。
「待っていろ。すぐ大尉に連絡をつける」
そうと決まれば行動は迅速で、軍服の男は直接その人物を呼びに行くつもりなのか部屋を出ていった。それ程待たされることなく医務室に現れた第三の男は、先に来た軍人より少し上ぐらいの年齢だろうか。蓄えた髭がよく似合う理知的で落ち着いた風貌に、軍人らしからぬ穏やかな表情―――先程の男よりも、明らかに階級が上らしい軍服だったが、言葉遣いはずっと丁寧だった。
「事情は聞きました。私が拾ってきた人物は記憶喪失だとか?」
医師に向かって穏やかな口調で問い掛ける。
「そうなのです。彼は『どうしてここにいるのか』という質問に答えられないどころか、ここがどこなのかも、自分が誰なのかすら、答えられないのです」
「その彼が記憶喪失のフリをしている可能性は?」
「それは無いとは言えませんが、少なくとも彼は連邦のスパイではないと思います」
「どうして、そう思われるのでしょう?」
問われて医師は少し考え、再び口を開く。
「根拠はありません。お笑いになるかもしれませんが、そう感じたのです」
「医師の勘……というやつですか?」
からかわれたと思ったのか、少しばかり頬を紅潮させてムッとしながらも、更に話しを続ける。
「そこのベッドで目を覚ました時の彼の戸惑った表情やジオンの制服を見た時の驚いた表情、ここは何処かと聞いた時の困惑した表情。どれを取っても演技とは思えませんでした。彼がスパイなら、少なくとも自分が潜入する先がどこかぐらいは知っている筈ですから」
それまで医師と会話をしていた男は、ここで初めてアムロに視線を向けた。医師の観察眼と自分の勘を信じた男は小さく頷く。
「なるほど。彼はスパイではない……私もそう思います」
男は木星にいた頃から勘の良さには自信があった。つい先程ギレンにもそれを指摘され『君はニュータイプだ』などと自分にはとても信じられない話しを聞かされたばかりだ。
「シャリア・ブルだ」
名乗られて反射的に自分の名前を口に仕掛けたアムロは、慌ててそれを飲み込む。
「分かっている。君は自分の名前も思い出せないのだろうが、名無しでは不便だな」
どう言ったものかと戸惑うアムロに助け船を出したのもシャリア・ブルと名乗った男で、そのシャリア・ブルはアムロの事をどう呼べばいいか考えている様子だったが、結局決められなかったのか
「君はどう呼んで欲しい?」
と逆に問い掛けてきた。これにはアムロも悩んだが、ふと視線をやった先、アムロの診断書らしき物にサインをしている医師のペン先を見て、ゆっくりと口を開いた。
「ではアムロと呼んで下さい」
シャリア・ブルもこの意見にすぐ納得をする。
「なるほど。それも良いかもしれないな」
「そんな安易な決め方で良いのですか?」
苦笑したのは医師の方で、彼のファミリーネームは『アムロ』だったのだ。
この一件で場が少しばかり和む。
「それで、彼―――アムロ君は貴方の手元で治療を続けて頂けるのでしょうか?」
改めてシャリア・ブルが問い掛けると、医師は難しい表情で肩を竦めた。
「あいにく記憶喪失というやつはやっかいでして、病院で治療を続けたら記憶が戻るというものではありません。むしろ彼を発見した場所に連れて行ったり、その時の状況を話してやったりする方が記憶を刺激する事もあります」
暗に『出来ればそちらで引き取って欲しい』と言いたげな相手に「なるほど」と頷いたシャリア・ブルは改めてアムロに問い掛ける。
「私と一緒に来るか?」
アムロとしては願ってもない展開だ。
「お邪魔でなければ」
「私はこれから戦場に向かわなければならないが、それでも?」
この台詞でアムロはシャリア・ブルに好感を持った。
「よろしくお願いします」
アムロが頭を下げたところで話しが決まり、厄介払いに成功した医師は上機嫌で診断書を書き上げる。
「一通り検査しましたが、特に外傷などは見当たりませんでしたので、今すぐ彼を連れて行って下さってかまいませんよ」
そんな台詞に追い立てられるようにベッドから立ち上がったアムロは、シャリア・ブルの後について医務室を後にした。
■サンプル(0083)
一年戦争が終結したのは宇宙世紀0080の年明け。
それから三年、宇宙世紀0083の年明けはこれといった事件もなく穏やかに始まった。
三年前の年明けを戦場で迎えたホワイトベースのクルーの大半は、一年戦争が終わって間もなく軍を去り新しい人生を歩み出したが、アムロは軍を辞める事を許されなかった。
『勿論、君には軍を辞める権利がある。しかし、君まで軍を辞めるとなると、連邦軍の最高機密(ホワイトベースやガンダムの情報)を知っている者全員の処遇を考え直さなければならなくなるな』
当時まだ十六歳だったアムロでもその言葉の指し示す意味は解った。そして、まだ十六歳で、頼れる者もなく唯一相談出来そうな相手と言えばホワイトベースの仲間ぐらいしか居なかったアムロにとって、その言葉は『脅迫』として最高の効力があったのだ。
三年が経った今、情況は変わっている。あの頃の脅し文句も既に随分効力を失っていて、今ならば無理をすれば軍を辞める事も逃げ出す事も不可能ではないかもしれない。現に、当時『アムロが軍を辞められなかった理由』を知っている仲間達が、密かに脱走の手引きをしようと申し出てくれる事もある。
しかし、運命を受け入れたと言えば聞こえは良いが、重力の鎖を振り切る気力を無くし宇宙(そら)へ戻る事を諦めるのに、三年は充分すぎる長さだった。二十歳を前に既に人生さえ諦めかけていたアムロの日々は、軍から与えられた閑職をこなすことと、軍の監視下で羽目を外しすぎない程度に遊ぶことぐらい。酒の味もとっくに覚えた。
意外とアルコールに耐性のある体質のようで、何もかも忘れて自分を失うほど酔おうと思ったら浴びる程飲まなければならない。年齢に不相応な地位を与えられているため経済的には何ら問題はないが、一人で飲む酒が美味しい筈もなく、アルコールの力を借りて現実逃避する事にも厭きた。それでも、時折無性に酒を飲んで何も考えず眠ってしまいたくなる。
その日もそんな気分の日だった。
「アムロ・レイともあろう者が、酒を飲んでふて寝とはな」
掛けられた声音の冷たさと、辺りの気温が二、三度下がったのではないかと思われる気配にアムロの意識は急速に覚醒した。酒を飲みながらいつの間にか眠ってしまったリビングのソファの脇に立ち、一人の男が自分を見下ろしている。薄明かりの逆光になって顔は見えなかったが、声には聞き覚えがあった。何より、その気配は間違えようがない。
「―――――シャ…ア………?」
気配は間違えようがないが、こんな場所に居るはずのない相手に向かって、アムロは恐ろしく無防備に呼び掛けた。夢でも見ているのではないだろうかと言いたげに。
「あの時『同志になれ』と言った私の誘いを拒否したのは、こんな生き方をするためだったのか?」
アムロの戸惑いを余所に、シャアの言葉は攻撃的だった。そして、アムロにとっては一番触れられたくない部分でもある。例え夢だったとしても、今の自分をシャアに批判されるのは何よりの屈辱だった。
「こんな……生活―――したくてしているワケじゃない」
独り言に近いアムロの呟きは、しっかりシャアの耳に届いたようだ。
「ならば抜け出せ。君にはその力がある筈だ」
シャアの言葉にアムロの背が強ばる。そんな力など無いと泣けばいいのか、その力のためにこの有様だと笑えばいいのか、アムロには分からなかった。
「簡単に言ってくれる」
結局、口から出たのは気力の欠片も感じられないそんな台詞。
「簡単だとも。現に私は監視の目をかいくぐってここに居る。勿論、抜け出すルートも確保してある」
暗に『今度こそ一緒に来い』と誘うシャアの言葉は、今のアムロにとって重すぎた。
「なら、さっさと出て行けよ。お前の顔なんか見たくないんだ」
自分は一緒になんか行かない―――行けない。軍からの脅迫と地球の重力―――二重の鎖に縛られたアムロは、ソファから立ち上がる事もなく、全てを拒否するかのようにくるりとシャアに背を向ける。アムロの『拒否』をシャアも感じ取ったのだろう。鋭角的に眉を跳ね上げ、その背を睨み付けた。
「私は認めないぞ、アムロ。私が唯一ライバルと認めた男のこんな生き方は―――」
アムロの腕を掴み無理遣り方向を転換させたのは、視線を合わせてもう一度話しをしたかっただけ。そもそもシャアがここを訪れたのも、純粋にアムロを宇宙(そら)へ上げることが目的だった。
しかし、腕を取られた途端ビクリと身体を竦め、そのくせこちらを向いた視線は相手を射殺さんばかりの鋭さでこちらを睨み付ける。そんなアムロの怯えとプライドの高さが窺える勝ち気さの両方を湛えたその瞳に見据えられた瞬間、シャアの背中にゾクリと快感が走った。怯える子供のようなアムロを優しく慰めてやりたいという想いと、その勝ち気なプライドを粉々に砕いて相手を自分の前に跪かせてやりたいという凶暴な支配欲―――相反するその感情を有り体に一言で表現するなら、シャアはこの時初めてアムロに欲情したのだ。男、しかもよりによってあのアムロ=レイにそんな感情を抱いた自分に苦笑したものの、シャアは思慮や遠慮などという言葉はさっさと遠くの棚に放り上げた。男を抱いた経験はないが、迷うことなくアムロの身体にのし掛かる。戸惑うアムロを余所にその項に唇を寄せ、きつく吸い上げながらボタンを引き千切らんばかりの勢いでシャツをはだけさせると、さすがに驚いた様子でアムロが抵抗を始めた。
▶0087 vol.6
《カテゴリ:0083シリーズ@既刊詳細》
■宇宙世紀0087舞台のシャア×アムロ本です。
ベースはZガンダムですが2007年発行(2011年8月『再録集1』に収録)の『0083』2011年8月発行の『0084−0087』の続編となっております。シャアとアムロの関係がZガンダムとは違う設定になっておりますので、前作を読んで頂いた方がお楽しみ頂けると思います。
■『0083』の続編ということで引き続きコウやガトーは登場しますが、話の主人公はアムロとシャアです。『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』という作品やコウやガトーに思い入れの深い方に読んで頂くには不向きな内容となっております。
■サンプル
アウドムラはヒッコリーに向っていた。ヒッコリーにあるシャトルで、帰り損ねたエゥーゴのパイロットを宇宙(そら)へ帰すのが第一の目的だが、ジャブローで救出したカイから『ヒッコリーに行けばティターンズの拠点に関する情報が手に入る』という話しを聞いたためでもある。しかしながら、そのカイはといえば『偽名を名乗っているシャアと同席するのは性に合わない』などと言い残して姿をくらましてしまったらしい。
「ヒッコリーまで何事もないと良いんだけどな」
ブリッジに姿を見せたクワトロとアムロにハヤトが声を掛ける。
「ハヤト艦長には申し訳ないが、それは無理だと思うぞ」
応じたのはクワトロだ。
「何で分かるんです?」
ハヤトは不思議そうな表情で軽く首を捻るが
「私ではない。アムロがそう言っている」
それだけで納得した様子で肩を竦めた。
「さっきの新型がまた来るのか?」
「少し違う気がする。どちらかと言うとニュータイプに近い感覚だ」
応えたアムロは
「そんな気がするだけだからな」
そう付け加えたが、アムロの勘を疑うつもりはないのだろう。
「厄介な敵ということか」
渋い表情のハヤトは迎撃体制の指示を出す。迎撃体制が整ったまさにそのタイミングで、艦内に敵襲を告げるアラートが鳴り響いた。
「敵のパイロット、女……でした?」
戦闘が終わってすぐ、カミーユが漏らした言葉は当たっていた。アウドムラを強襲してきたのは、変形モビルアーマーのギャプラン。操っていたのは強化人間の女性パイロット、ロザミア・バダム。他にも数機モビルスーツがいたが、強敵と呼べるのはその一機だけだ。
とは言え、その一機も迎撃準備を整えていたアウドムラの敵ではなかった。
「飛行タイプに変形出来るモビルアーマーを相手に、ドダイでは不利かと思ったが、さすがだな」
ブリッジでモビルスーツの戦いぶりを見ていたハヤトは誰へともなく賞賛の言葉を贈ったが、
「アムロの予感もたまには外れるのだな」
クワトロは、出撃前に『嫌な予感がする』と言ったアムロを揶揄(からか)う。悪い予感など外れた方が良いに決まっているのだから、口調は軽く表情も笑み混じりだ。
しかし、ブリッジを始めアウドムラ艦内が楽勝ムードで明るい雰囲気の中、アムロの表情は冴えない。
「でも、敵の女パイロット、今まで戦った敵とはどこか違いましたよ」
アムロの様子に気付いたという訳でもないのだろうが、カミーユが戦闘中に感じた違和感を口にすれば、
「ああ、あれは恐らく強化人間だろう」
戦闘中の敵を思い出してクワトロが応えた。
「強化人間?」
聞きなれない言葉にカミーユは首を捻る。
「薬やマインドコントロールで作り出されたニュータイプもどきのことさ」
そう教えてくれたのはハヤトで、口調にはどこか棘があった。
「まあ、そういう意味ではアムロの勘はやっぱり当たってたってところだな」
「そうだと良いんだけど……」
「何か気になるのか?」
煮え切らない様子のアムロにハヤトが問う。
「何となく『コレじゃない』って気がするんだけど、よく分からない」
「おいおい、随分曖昧だな」
「そうさ。ニュータイプなんてそんな便利なものじゃないって、いつも言ってるだろう?」
気安い雰囲気で会話を進めるアムロとハヤトを、カミーユはどこか羨ましそうに、クワトロは若干―――ではなく大いに嫉妬交じりの視線で眺めていた。
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