▶再録集3
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■収録内容
【手に入れたいもの】
【手に入れたいもの2】
アムロinネオジオンの話
■サンプル
「またか…」
もうウンザリだと言わんばかりの勢いでブライトが溜息をつく。調査に来ただけの自分達が、何故、現地住民と戦闘しなければならないのか、と。外殻新興部隊ロンド・ベル隊の旗艦ラー・カイラム艦長ブライト=ノアは実際ウンザリしていた。
宇宙世紀0090の3月に設立されたロンド・ベル隊は、表向き反地球連邦組織のテロに対する監視と鎮圧の為に設立されたのだが、暗黙の了解としてもう一つの任務が与えられていた。
『グリプス戦役の際に行方不明になったとされるクワトロ=バジーナことシャア=アズナブルの所在を突き止める事』
0089辺りからスペースノイドの間では地球からの独立の気運が高まっていた。連邦軍が経済制裁などを行ってコロニーを締め付ける程、それに比例するかのように各コロニーでは独立運動が活発化し、エグムやNSPといった過激な反地球連邦組織がテロを繰り返すようになっていた。そんな彼らにとって40年以上も前にスペースノイドの独立を提唱し、それを実行しようとしたジオン=ダイクンの忘れ形見であるシャアは、格好の旗印でありカリスマ的存在だったのだ。
ロンド・ベル隊設立当初はシャアの生存自体に半信半疑だった連邦軍上層部も、捉えた捕虜が口々にシャアの生存を主張すると、さすがにその存在を煙たく思うようになったのだろう。0092に入ると、各コロニーを徹底的に調査してシャアの行方を突き止めろとまで命令してきた。
「仕方ないよ。コロニーに住むスペースノイドの多くはシャアの味方さ。彼らから見れば、俺達は地球から宇宙全体を支配しているつもりでいる一部のエリートどもの手先も同様なんだろう」
「奴らの手先と思われるのはさすがに不本意だな……」
辛辣なアムロの意見にブライトが苦笑する。
「連邦軍の軍人としては、あまり褒められる台詞じゃないね」
二人は地球連邦軍の大尉と大佐という地位にあったが、連邦政府や軍上層部を信用していないという点では完全に意見が一致していた。
「一年戦争の頃、貴重な軍事機密を持って脱走までやらかした不良軍人に言われたくない」
そんな軽口が許される間柄でもある。
「まあ、そのお前がいなけりゃ、あの頃も今も、まともな戦闘なんぞ出来ないのだがね」
コロニーの調査は困難を極めていた。連邦軍が調査に行くと、コロニーのスペースノイド達はまるで敵が来たかのように警戒し、調査に協力するどころか、部隊は反地球連邦組織から攻撃を受ける事もしばしばだ。ほとんど実戦経験のないロンド・ベル隊で、アムロの存在は貴重だった。
「ロンド・ベル隊メインスタッフの候補者リストの中にお前の名前を見つけた時、俺は嬉しかったのと同時に少し意外だった」
「政府や軍上層部が、よく俺を宇宙で野放しにする気になったって?」
アムロの口調に皮肉が混ざるのは致し方ない。一年戦争終結後、随分長い間アムロは『危険人物』として軍の監視下に置かれていたのだ。
「それもあるが―――お前がロンド・ベル隊への入隊を引き受けた事の方が意外だった」
「命令には逆らえないよ」
アムロは素っ気ない口調で答えたが、それが嘘である事はどちらもが知っていた。
「その気になれば軍を抜ける事も出来ただろう? お前は軍に恩も義理もないんだから……」
ブライトの指摘はもっともで、これ以上の言い訳は無意味に思えた。歴戦の名艦長は、相手の本心を聞き出す才能もあるらしい。まあ、これは単にアムロがそれだけブライトに心を許しているからに他ならないのかもしれないが。
「ブライトの言う通りだ。俺がロンド・ベル隊への入隊を受諾したのは、スペースノイドの独立運動の鎮圧に荷担するためなんかじゃない-―――」
言葉を探すように少し間を開け、
「一つ、話しを聞いてもらってもいいかな」
そんな前置きと共に、アムロはロンド・ベル隊が設立されて丁度一年ほどが経った頃の出来事を語り出した。
目の前に立っている人物が、自分に会う為にやって来たのだとアムロは疑いもしなかった。自意識過剰だったわけではない。相手が『偶然の再会』に驚いた様子でもなく自分に視線を投げてきたからだ。
「こんな所に何をしに来た?」
「君に会いに」
一応の問い掛けに、返ってきたのは予想通りの答え。
「アンタは自分が連邦軍の中で『指名手配』に近い扱いだって事、分かってないようだな? シャア」
血眼になって探していた筈の相手が突然目の前に現れた事に、腹が立つよりも呆れる。
「自分の立場はわきまえているさ。だから、ちゃんと変装をしているだろう?」
「それの、どこが……」
連邦軍がシャアの資料として配付しているデータは、シャアがクワトロ大尉を名乗っていた頃のものだ。それを考えれば確かにサングラスなど掛けていた方が身元はバレやすいのかもしれないが、目立つ金髪に鮮やかなブルーの瞳を晒していては、一般人を装った地味な服装や伊達眼鏡など意味がないように思われた。
「第一、その服貴方には似合わないよ」
ありふれたチェックのシャツにGパン―――余程体型に問題がない限り着こなすのが難しい格好ではないのだが、シャアが着るとどうも似合わない。体型的には全く問題などないので、やはり『カジュアルなシャア』というイメージが合わないのだろう。
「似合わない? そうか? 軍人や政治家などに見えないよう苦心したのだが…」
「………まあ、確かに政治家には見えないけどね」
数年ぶりの再会がごく普通の街中で、シャアと、これまたごく普通の会話を交わしている自分を可笑しく思った。だが、不思議と違和感はない。もし―――もしも、シャアと自分が敵としてではなく出会っていたら、意外と良い友人になれたのかもしれない……そんな風に思えるほど、シャアとの会話は本当に普通だったのだ。
「少し時間を取れないか? 折り入って話しがある」
それまで浮かべていた微笑を封じ込め、真剣な口調で申し入れてきたシャアにアムロも表情を変えた。『折り入って』の内容が茶飲み話とは思えない。
「時間はあるが、忘れてもらっては困る。俺は今でも連邦の軍人だ。話しの内容によっては上に報告する事になるぞ?」
「報告するかどうかの判断は君に任せるよ」
今すぐ通報するとは言わないアムロにもう一度笑顔を見せ、シャアは先に歩き出した。アムロも後に続く。
「話しをするのに、こんな場所でないといけないのか?」
案内された場所に眉を顰めアムロは言った。そこは所謂『ラブホテル』。今時、男同士で入るところを見られてもあからさまに注目されるワケではないが、居心地が良い場所とは言い難い。
「こういう場所は余計な人間にも会わずにすむし、意外と内緒話をするのに向いているのだよ。他意はない」
派手なダブルベッドに腰掛けながらシャアが答える。
「もっとも、君の返答次第では本来の目的に使用しても良いが?」
「何だって…?」
付け加えられたシャアの台詞に、アムロは眉間の皺を濃くした。
「折り入って話しがあると言わなかったか?」
「では、本題に入ろう。何年も前に断った話しを蒸し返すなと言われそうだが……」
シャアの前置きで、アムロは『話し』の内容に見当をつける。そして、シャアの切り出した話しはアムロの予想通りだった。
同志になれと―――
一緒に来いと―――
「何故、今更そんな事を? 一緒に戦った仲間を見限ったのは貴方の方だ」
地球で『クワトロ大尉』の行方不明の報を聞いた時、一般的に考えれば生存は絶望的な状況だったにも関わらず、アムロはシャアが死んだとは思わなかった。数年後、彼が反地球連邦派のカリスマ的存在として生存を噂された時は、驚くよりも「やはり…」という思いの方が強かった。地球でクワトロ大尉のフリをしていた時のシャアは随分無理をしているよう見えたので、いつかはそんな日が来るだろうと思っていたのかもしれない。
「あの時一緒に戦っていた仲間を見限ったつもりはない。どうやっても変わらない―――変わる気のない地球の連中に嫌気がさしたのさ。内部からの改革は無理だと分かった。だからクワトロ大尉でいることを辞めたのだ」
シャアの言い分も気持ちも理解出来た。賛同出来る部分があるのも事実だが、アムロはシャアに差し伸べられた手を取る訳にはいかなかった。
「内部からの改革の方が時間がかかる事は承知している。だからと言って諦める訳にはいかないし、テロで体勢が変えられるとは思わない」
各地で頻繁に行われているテロや、そういう者達に祭り上げられているシャアに嫌みを込めて言う。
「勿論だ。いつまでもテロのような活動をしていては何も変わらない。だから、政府や連邦軍に対抗出来るだけの組織が必要なのだ」
その為に力を貸して欲しいと―――
そう言われて一瞬決意がぐらつきそうになる。もし次の一言がなければ、シャアの誘惑に肯いてしまったかもしれない。
「アムロがいなければ、連邦軍など敵ではない」
それはシャアの本音ではあったが、本心ではなかった。この時シャアがもう少し素直であれば、或いは二人は戦う事などなかったのだろう。
「戦い甲斐のない敵では、貴方もつまらないだろう?」
「―――それが返答か?」
無言の返答に、シャアは諦めきれない様子で言葉を継いだ。
「敵に回ると分かっているのなら、このまま君を拉致しても良いのだぞ?」
「出来もしないことを…」
もうこれ以上話す事はないとばかりに話しを切り上げようとしたアムロの腕を捕り、座っていたベッドから立ち上がるとシャアは間近からアムロの瞳を覗き込む。
「もう一度言う。腐敗しきった地球の連中を内部から変えるのは無理だ」
「やってみなけりゃ分からない。俺は貴方ほど諦めが良くないんでね」
握られた腕を振り解けない―――その力の差が悔しくて皮肉めいた口調で反論し、アムロはシャアを睨み付けた。
「離せ」
こんなところでムキなっても仕方がないと静かな声で言ったが、
「イエスと言うまで離さないと言ったら?」
「つまらない事を言ってないで離―――――っ!」
人を馬鹿にしたような―――あくまでもアムロの主観であるが―――シャアの言い様に思わず声を荒げ、しかしその台詞は途中で遮られた。
「何を―――ン……っ」
無理矢理塞がれた唇を一度は引き離したが、抗議を口にする前に再び唇を奪われる。今度は引き離すどころか藻掻けば藻掻くほど深く唇を合わされ、口腔内を貪られた。舌先で歯列をなぞられビクリと身体が震える。女性とキスを交わした事は何度もあったが、こんな風に貪られるキスは初めてで、アムロは酸欠と驚愕と―――そして、認めたくはなかったがシャアによって与えられる快感の為に膝から力が抜けていくのが分かった。
シャアの支えがなければその場に崩れ落ちそうな状態になって、ようやく解放される。
「何のつもりだ……?」
荒くなる息を整えながら問い掛ける声は意外なほど冷静で、事実、何故かアムロはシャアの行為に対して腹を立ててはいなかった。シャアが戯れ言でやったとは思えなかったから…かもしれない。ただし、シャアが『それ以上』を求めてくれば話しは別だ。
「ララァの代わりを俺に求める気なら、無駄な事だ」
「無駄……か」
真っ直ぐに見詰めてくるアムロの視線を受け止め、シャアは捉えていた腕を離した。
「ならば戦って決着をつけるしかないな」
「むしろ、それが貴方の望みなんじゃないのか?」
「―――その通りだ」
その言葉が合図であったかのようにベッドから立ち上がりドアへと向かう。
「地球に大切な人がいるなら今のうちに宇宙へ上げておく事だ、アムロ」
最後にそんな言葉を残し、シャアは部屋を立ち去った。
「妙な話を聞かせてしまってすまない」
アムロに話の終わりを告げられ、ブライトはハッとしたように顔を上げた。
「いや、俺は構わないが…良かったのか? かなり、お前とシャアのプライベートに立ち入った内容だったが……」
どうコメントして良いのやら分からないといった様子で言葉を濁すブライトにアムロがクスリと笑う。
「いいんだよ。俺の方が、誰かに聞いて置いて欲しかったんだ。シャアと決着をつける前に…」
「そういう言い方はよせ。何だか遺言のように聞こえるぞ?」
冗談のつもりで言ったブライトだが、アムロの表情に息を呑んだ。
「シャアとの決着を求めていたのは俺も同じだった。シャアを探すのに、奴と決着をつけるのにはロンド・ベル隊に入るのが一番近道だと思ったから―――」
ロンド・ベル隊への入隊を決めたのだとアムロは言った。
「シャアが何をやらかす気か今は未だ分からないが、奴を止めなければ……」
強い決意を秘めたアムロの瞳が益々ブライトの不安を煽る。
「……アムロ。お前、シャアと心中するつもりじゃないだろうな」
「まさか。ただ、戦場では何が起こるか分からないからな。いつ自分の言葉が遺言になるかは分からないだろう?」
シャアがどんな作戦で連邦軍に臨んでくるかは分からないが、いざモビルスーツ戦ということになれば、アムロがMS部隊のリーダーとして最前線で戦う事になる。最終的にシャア本人が出てくれば、今の連邦軍でまともに相手が出来るのはアムロしかいないのだ。当然ながらアムロにかかる負担は大きく、いくらアムロが優秀なパイロットであるとはいえ命を落とす危険がないとは断言出来ない。
しかし危険度で言えばアムロもブライトもそう変わるものではなかった。
「それを言うなら、俺の方が先に死ぬ可能性だってある。一緒に戦場に出る相手に遺言を残しても仕方ないんじゃないか?」
ブライトの言い分にアムロが大きく首を横に振る。
「それは、ないな」
「何故そう言い切れるんだ?」
「俺はブライト艦長の腕を良く知ってるからね。それに…」
アムロはそこで一旦言葉を切り、冗談とも本気ともつかない視線をブライトに向けた。
「俺が戦場にいるのに、旗艦を墜とさせたりはしない」
だから自分より先にブライトが死ぬ筈はないと、それがアムロの主張。聞きようによっては『お前は俺が守る』と言われているようなものだ。長い付き合いとは言え、ブライトもさすがにこれを冗談で誤魔化してしまうのは申し訳ない気になる。
「俺もアムロ=レイがどれ程優秀なパイロットかは誰よりも知っている。だから、お前が居てくれる限り墜とされる気はしないよ」
真剣な表情で答えて―――しかし、どうしても伝えたい事があった。
「だが、お前に命をかけて守って欲しいとは思わない」
本来ならパイロットが命をかけて旗艦を守るのは当然の事。しかし、敢えてブライトはアムロにそう告げた。アムロが個人的な友情を込めて『旗艦は守ってみせる』と言った事も承知の上で。
「お前は昔から、我が儘なくせにいざとなると自分の命よりも他人を優先する癖があるぞ?」
一年戦争当時に戻ったような口調でブライトがアムロに説教する。
「もうそろそろ、自分の事だけを考えても許されるさ」
長い間、アムロが軍によって地球の重力に縛り付けられていた事をブライトはよく知っていた。だから軍や地球にこれ以上縛られる必要はないのだと、他の生き方を見つける事が出来るのなら、そんなモノはいつでも見捨てて自分の為に生きろと、ブライトはアムロに言いたかった。
「我が儘だけ余計だよ」
拗ねたフリでそう言って、アムロは照れくさそうに微笑んだ。「ありがとう」と小さな声で伝える。
ブライトも急に照れくさくなって視線を逸らし、続きは冗談に紛れさせた。
「だいたい、お前が命をかけて旗艦を守っているなどとシャアに知られたら、シャアは真っ先に俺を狙いに来るぞ?」
赤い彗星の標的にされるのはゴメンだと文句を言うブライトに、
「それは大変だな。せいぜい厚く弾幕を張っておいてくれ」
アムロもそんな冗談を返す。二人は声を揃えて笑った。
それから約半年後の0093.02.27。ネオ・ジオンの総帥シャア=アズナブルは連邦軍に宣戦布告をした。
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