旧サイトの閲覧はこちら。再録のリクエストなどございましたらコメントください

▶再録集1

《カテゴリ:再録集@既刊詳細

■再録内容
【雨宿り・雨上がり】
1st、Z、CCAでそれぞれ雨にまつわるタイミングでシャアとアムロが出会う話
【BEYOND THE TIME】
29才のアムロが1stガンダムの世界にトリップする話です
【0083】
宇宙世紀0083周辺が舞台になっています。シャア×アムロがメインでガトー×コウでもありますが、あくまでもメインはシャアムで主人公はアムロです。かなりアムロ贔屓の内容となっておりますので、83に強い思い入れをお持ちの方には不向きな内容となっております。また83のキャラが多数登場します。83を見てらっしゃらない方にでも読んで頂けるよう努力はしたつもりですが、83を未視聴の方はご注意下さい

■サンプル(雨宿り・雨上がり)

「天気の予定表ぐらい渡してくれたら良いのに!」
 今日が雨の予定だと分かっていれば、オープンタイプの車で出かけるような事はしなかったとハンドルを握る少年は忌々しげに呟いた。そもそも『天気の予定』などという概念はコロニーで暮らすスペースノイド独自のものなのだが、既に人類の半数以上がコロニーで暮らすスペースノイドと呼ばれるようになって久しい。天気は予想・予報するモノではなく『予定』通りに人が管理するモノであるのだから、その予定を確認もせずオープンカーで飛び出した少年の方に非があるだろう。
「このままだと風邪ひきそうだ……」
 少年はハンドルを握ったままブルリと身体を震わせた。
 身に着けている地球連邦軍の制服はすっかりびしょぬれで身体に張り付き、赤茶色の巻き毛からは水滴が滴っている。
〈このまま風邪をひいたら、少しぐらい休ませて貰えるかな…〉
 一瞬そんな姑息なことを考えてしまうほど少年の日常は戦いに明け暮れていたが、風邪でベッドに縛り付けられた休みでは面白くない。そして何よりも、自分が怪我や病気で戦線を離脱してしまったら、自分が所属する部隊は敗戦もしくは苦戦を余儀なくされるだろう。それは少年のやや過剰気味な自負心であったかもしれないが、動かし難い事実でもあった。
 風邪などひいている場合ではない……と言うよりは、風邪ぐらいでは休めそうにない―――それが現状だ。ならば、健康でいる方が良いに決まっている。
 少年は車を走らせながら周囲に視線を走らせた。雨宿りできそうな場所を探すために。しかし、あいにく少年が車を走らせていたのは街中ではなく郊外にある湖の側の街道だ。建物と言えば金持ちの別荘らしきものがポツポツと見えるだけで、飛びこんで身体を暖められそうなホテルどころか、温かい物を飲みながら雨宿り出来そうな喫茶店も見当たらない。
「仕方ないな。あの家の軒下でも借りるか」
 少年は目に留まった、やや軒下が大きめの家に車を寄せた。その家に目を留めたのは全くの偶然。特に『何か』を感じたからではなく、他の家に比べ軒下が大きめで雨を凌ぎやすそうだったからに過ぎない。だが、偶然が引き起こした少年――アムロ・レイと二人との出会いは恐らく必然だったのだろう。


「大佐。ドアの外に誰か居ます」
 出掛ける支度をしていた少女が、ふと顔を上げて玄関の扉を見た。彼女は見たところアムロと同世代の、まだ少女と呼ぶに相応しい年齢であるのだが、漂わせる雰囲気もその言動も大人びている。勿論それだけなら、見えもしないドアの向こうの様子など口にしたところで誰も信じたりはしないが、彼女は人よりも少しばかり勘が良い。一緒にいた青年はそれを良く知っていたので、少女の言葉を疑うことなく視線を追って玄関の扉に目を向けた。
「玄関に?」
 この時間に此処を尋ねてくる予定の者は居ない。青年は訝しげに表情を緊張させると、少女を安全な場所に下がらせ玄関に向かおうとしたが、少女はその相手に向かって首を横に振り、自らが玄関の扉に向かう。
「ララァ?」
「大丈夫です、大佐。嫌な気配は感じません」
 敵ではありませんよ、と笑って扉を開けようとするララァを尚も引き留めようとしたが、制止の台詞を口にする前にララァは扉を開けてしまった。
 敵ではない―――そう判断して扉を開けたが、まず目に入ったのは連邦軍の制服で、そのことがララァを驚かせた。しかし、そうやって『敵』の制服を目にしても、やはり相手から敵意は感じられず、むしろどこか懐かしい感じすらする。しかもよく見れば、目の前に立っているのは、まだミドルティーンとしか思えない少年だ。
「あ…っ、あの、すみません。軒先が広かったのでちょっと雨宿りを……」
 少年は突然扉が開いたにもかかわらず、あまり驚いた様子はなかった。ただ、相手もララァが感じた『何か』を感じたのか、吸い込まれそうに印象的な瞳で見つめてくる。
「綺麗な瞳をしているのね」
 クスリと笑ってそう言うと、少年は戸惑った表情で
「そうですか…?」
とだけ答えた。そこへ、部屋の中にいたもう一人の人物もやって来る。
「どうした? ララァ」
「あ、大佐。この少年が軒下で雨宿りしていたみたいなのですけれど……」
 ララァは自分と同じぐらいの年頃であろう相手に向かって、自分が『少年』と言ったことで相手の気分を害してしまったかと玄関を振り返ったが、振り返った視線の先には、驚いたのと緊張しているのと、そして何処か不思議そうなのを足して混ぜ合わせたような表情の少年がいるばかりで、ララァの台詞を気にしている様子はない。少年の視線の先にいるのは―――
「お知り合いですか? 大佐」
 少年の表情からララァがそう問い掛けると、
「いや…」
という返答が返ってきたものの、こちらもきっぱりと否定してしまうには腑に落ちない様子だ。そのまま沈黙してしまった二人を交互に見やり、会話の切っ掛けを探して視線を泳がせたララァは、柱に掛けられたアンティークなアナログ時計を見て慌てたように口を開く。
「時間ですので、出掛けないと」
 言ったものの、ララァはどことなく緊張感を漂わせる二人を置いてこの場を立ち去るのに躊躇いを覚えた。目の前に立つ見知らぬ少年に何故だか興味も惹かれる。
「ああ、そうだな。後のことは適当にやっておくから、ララァは行くといい。遅れたらまた嫌味を言われるぞ?」
「はい、ではお願いします」
 相手の心情を察した青年が優しく笑うと、ララァはようやく安心して部屋に準備しておいた荷物を取りに戻った。
「またね」
 地球連邦軍の制服を身に着けた見知らぬ少年―――だが、何故か再会する予感を覚えて、ララァは玄関に立ったままの少年に向かってそう声をかける。もしまた出会うとすれば、その時は『敵』でしか有り得ないと分かっていても、ララァはその少年に対する親しみを消す事は出来なかった。

■サンプル(BEYOND THE TIME)

『恐らく戦闘そのものには間に合わない…』
 それは分かっていたが、戻らない訳にはいかなかった。ロンド・ベル隊に所属するパイロット達は他の部隊にいるパイロットに比べれば実戦慣れしている方だが、それでもアムロの戦歴とは比べるべくもなく、相手がシャア直属のネオ・ジオン艦隊となれば、ブライトが自分を呼び戻す気持ちが嫌というほど解るからだ。
「サイコミュ受信の調整終了。νガンダムに火を入れる」
 νガンダムのコクピットでブライトからの帰投命令を受け取ったアムロは、サイコミュ受信の調整を強引に切り上げ宇宙(そら)へ上がると宣言した。オクトバーを中心とするメカニックマン達は勿論、ロンド・ベルのクルーであるチェーンも当然のように無茶だと止めたが、いつまでも月にいたところでブライトの手助けは出来ない。
「止(や)めてくださいっ! 間に合いはしません」
 分かり切った科白で更に引き留めるオクトバーを振り切って、νガンダムは月を発進した。
「知りませんよ」
 オクトバーの最後の科白が、調整の終わっていないνガンダムの性能に対するものなのか、それともνガンダムのコクピットに無理矢理補助シートを積み込んでチェーンと二人乗りで飛ぶことに対するものなのかは分からなかったが、それでも律儀にブースターを用意してくれたことにアムロは感謝する。例え地球の六分の一だとしても、ブースターがなければ月の重力を振り切ることは出来ないのだ。
 ブースターに乗せたνガンダムが月を飛び立つ瞬間、コクピットにいる二人には加速度による凄まじい重力がかかる。チェーンは一瞬にして意識を失ったらしい。慣れているアムロにしても、普段の戦闘で身体に掛かるのとは比べものにならない重力に、ゆっくりと意識を手放した。


 ゆっくりと覚醒する意識が、聞き覚えのない人の声を捉(とら)えた。これはアムロには珍しい事だ。一般にニュータイプと評されるアムロは、自分では世間が言うほど勘が良いとは思っていなかったが、それでも他人の気配には敏感なので、どれほど熟睡していても見知らぬ人間がすぐ側に近づくまで気付かないという事はない。
「気が付いたか」
 問い掛けてくる声にやはり聞き覚えはなく、目に映る光景に見覚えもなかった。見覚えはないが、目の前に立っている人物が白衣を着ている事、寝かされていたベッドがスプリングのきいたベッドではなく診察台であった事、そしてわずかに漂う消毒液の匂い―――ここまで条件が揃っていれば、ニュータイプなどでなくても、どういう場所かぐらいは判断出来ようというものだ。
 記憶なら辿る必要もない。自分はラー・カイラムのブライトに呼び戻され、月のアナハイム研究所からロンド・ベル隊が展開する戦場へ向かっている筈だった。となれば、考えられる可能性は―――あまり考えたくはないが―――月からの射出後、何らかのトラブルがあって、意識を失ったまま味方に救出されたか、もしくは(更に考えたくない可能性だが)敵の捕虜になったか……。
「取り敢えず身元を照会する。所属と名前を」
 白衣の男の問い掛けが、住所ではなく所属を求めるものであるからには、ここは民間の病院ではなく軍関係の医療機関、もしくはどこかの基地内や軍艦内の医務室なのだろう。アムロは名を聞かれて、相手に気付かれない程度に眉を顰めた。地球連邦軍の関係者ならば名前など聞いてこない筈だ。名前など聞かずとも顔を見れば誰か分かる程度には、アムロは自分が有名人である事を自覚している。となれば、自分は味方に救出されたのではなく、敵の捕虜になった可能性の方が高い。当然ながら、うかつに自分の名前を名乗る訳にはいかず黙り込む。そんなアムロに相手はやや苛立ちを込め、しかし一応は医師として心配している様子で再び問い掛けてきた。
「君、聞こえているか? 所属と名前を述べなさい。それとも耳が聞こえないのか?」
 戦場では、間近で爆発に巻き込まれたりした場合、たまたま遮蔽物で怪我は免れてもその轟音で一時的に耳が聞こえなくなることもあるし、最前線の経験が少ない人間は精神的なショックで耳が聞こえなくなったり声が出せなくなることもある。そういう患者を扱い慣れているらしい彼は、筆談に切り替えるためメモとボールペンに手を伸ばしたが、ペン先が紙に辿り着く前にアムロは口を開いた。
「耳なら聞こえています」
「ならば先程の質問に答えなさい。君の所属と名前は?」
 声を荒げることなく三度も同じ質問を繰り返した男は、なかなか我慢強いと言うべきだろう。だが四度目はない―――これで質問に答えなければ、相手は別の手段で『不審人物』の身元を照会する筈だ。直感的にそう判断したアムロは、それでもまだ悩んでいた。連邦軍の間で有名人であるアムロだが、その点に於いてはネオ・ジオン側にとっても同じなのだ。この医師はたまたま顔を知らないようだが、例え偽名を名乗ったとしても写真などでデータを紹介されてしまえば、すぐに身元は割れてしまう。かと言って、恐らくは敵地であろうこの場所で本名を名乗るのは余りにも間抜けな行為だった。
〔とにかく逃げ出すまでの時間を稼ぐしかない〕
 自分はこんな場所で捕まる訳にはいかないのだ。
―――どうしても、シャアの隕石落としを止めなければならないのだから―――
 偽名を名乗るなら、戦闘に巻き込まれた民間人を装う方が賢明だろう。
「あの、僕は……」
 だが、軍人らしからぬ口調を心がけ、適当な偽名を口にしようとしたアムロは、入室を求める合図と共にその場に現れた人物―――正確を記するならば、その人物の服装を目にして息を呑んだ。
〔何だってっ!?〕
 現れた男が身に付けている制服には見覚えがある。それは地球連邦軍のものではなく、ネオ・ジオン軍のものでもなく、今では博物館や記録映像の中でしか見られない一年戦争当時のジオン軍のものだった。
「彼の身元は分かったか?」
 声も出ないほど驚くアムロを余所(よそ)に、入ってきた男は医師に向かって問い掛けた。
「いえ、つい先程意識を取り戻したところで、所属と名前を問い質しているのですが―――」
 答えようとしないのです、という医師の言葉に
「答えられない理由でもあるのか?」
医師とは違い純粋な軍人であるらしいその男は、アムロを胡散臭げな視線で睨む。だが、アムロの方は偽名を名乗るどころではなかった。
「ここは……何処なんですか?」
 尋問されている側がこんな事を聞いて答えて貰えるとは思えなかったが、それでも聞かずにはいられなかった。この疑問が解消されない限り、ここを逃げ出すべきかどうかの判断すら出来ないのだ。
 ジオン軍の制服を身に着けた男は、当然のように眉を顰め
「まずは貴様の所属と名前を明らかにしろ」
と問い詰めたが、逆に医師の方は先程からのアムロの態度から何かを勝手に判断したらしく、
「君……もしかして記憶が混乱しているのか? 先程の検査では頭部に打撲の痕などはなかったが」
医師らしい口調で問い掛けてくる。
「頭部に傷もないのに記憶喪失になったりするものなのか?」
「それは可能性がありますよ。人は強い精神的なショックによっても記憶を失うことがありますから……ただ、彼が記憶喪失と決まった訳ではありません。少し混乱しているだけかも―――」
 横から口を挟んだ男に丁寧に説明しながら、医師はアムロに視線を向ける。この時には、アムロの中で答えは決まっていた。なんせ、相手の方から恰好の答えを提供してくれたのだ。
「僕は自分が誰なのかも、ここが何処なのかも、何故ここに居るのかも分からないのです」
 自分が誰なのかはともかく、ここが何処なのか、何故ここに居るのかが分からないのは本当だった。νガンダムで月を出た後、何らかのトラブルで医療関係の機関に収容されたのだとばかり思っていたが、後から部屋に入ってきた男が身に着けている物が連邦軍でもネオ・ジオン軍でもなく、一年戦争当時のジオンの制服とあっては、本気で記憶喪失になったとでも思いたいぐらいだ。
「いい加減なことを言うなっ!」
 軍服を身に着けた男はそう言って疑わしげな視線を向けたが、白衣の男は目を覚ましてからずっと戸惑った様子のアムロの言葉を信じてくれたらしい。
「まあまあ。そう頭ごなしに決めつけるものではありませんよ」
 穏やかな、だが医者らしい毅然とした言葉で軍服の男を宥めるとアムロの方に向き直った。
「ここはサイド3のジオン本国だ。君はノーマルスーツを着用しただけの姿で宇宙空間を漂っていたところを、偶然通りがかった艦に拾われたのだよ。その艦が通りかかるのがもう少し遅ければ、おそらく君は死んでいただろう。君が助かったのは奇跡的な偶然と言っても良いぐらいだが、ここで問題になるのは何故君がノーマルスーツ一つで宇宙空間(あんな所)を漂っていたかだ。ジオン公国の情報では、あの辺りで戦闘があった記録も、民間船が行方不明になった報告もなかったのだからね」
 そこまで話して一度言葉を切った医師は、ここから先が重要なのだと言いたげな様子で慎重に口を開く。
「つまり、君は連邦軍のスパイだと疑われても仕方のない立場なのだよ」
 それは、自分が拾われた状況を聞かされたアムロにとって予想の範囲内の台詞だった。戦闘記録も民間船からの救助要請もない空間に突如ノーマルスーツの人間が現れるなど、普通では有り得ない。考えられる可能性として一番疑われるのは、連邦軍のスパイを乗せた艦が何らかの理由で遭難したか、或いはそのスパイが潜入に失敗したか―――
「確かに僕はスパイと疑われても仕方がないですね。しかも僕はそれに対して言い訳する手段もありませんし……」
 ここが正念場―――駆け引きを間違えればスパイとして投獄されることは免れない。
「何でしたら自白剤でも使ってみますか? 記憶喪失の人間に自白剤が効くかどうか分かりませんが」
 これは賭だった。虚勢を見破られれば、やはりスパイとして疑われるだけだし、本当に自白剤など使われたら精神科の病院か研究所送りは間違いないだろう。なんせ、この医者の言うことが本当なら、どうやら自分は時間(とき)を超えて十四年前に迷い込んでしまったらしいのだから……
 一応アムロには勝算があった。自白剤の使用は南極条約で禁止されているし、目の前の男は意外とまともな医者であるらしいから人体に悪影響のある自白剤を使用する可能性は低い。そして、そのアムロの計算はどうやら当たったようだ。
「いや、私は君の記憶喪失を疑ってはいないよ。ここへ連れ込まれた時の君の意識レベルは薬物などで低下させられていたものではないからね」
「どういう事だ?」
「連邦軍にしてみれば、スパイを送り込むのに意識を失わせ宇宙空間に放り出すというのはあまりに無謀で効率の悪い遣り方ではありませんか? うまく潜り込めそうなジオンの艦に拾われる可能性よりも、ノーマルスーツのエアー切れでスパイが死に至る可能性の方がずっと高いはずです。仮にジオンの艦が通りかかるのを見計らって放り出したのだとしたら、スパイの意識を一時的に失わせる為に薬物などを使用した筈ですが、その痕跡はなかった。第一、この彼が本当にスパイだとしたら、こんな風にいかにも疑ってくれという状況で潜り込んでは来ないでしょう」
「なるほどな」
 医師の説明で軍服姿の男も一応納得したらしいが、だからと言って、相手が身元不明の怪しい男である事に変わりはない。
「しかし、このままこの男を解放する訳にもいかないが…」
「それは当然です。彼が何らかのトラブルに巻き込まれてノーマルスーツ一つで宇宙空間に放り出されたのだとしても、ジオンとしてはそのような情報などないのですから、もっと詳しく調べてみる必要があります」
 その辺りは医師も甘くなかった。第一、アムロにしてもここが本当に十四年前のジオン公国であるのなら、このまま放り出されても困るのだ。行く当ても帰る手段もないのだから。せめて自分がどのポイントで拾われたのか、その時どんな状況だったのかを知らなければ、元の時空に戻れる手掛かりすらない。
「調べると言ってもな」
 ここへ来て軍服の男は溜息をついた。サイド3近くの空域で何らかのトラブルがあったのだとしたら当然調査をするべきなのだろうが、正直な所、今の時期それは些細な問題で自分の管轄でもない。明らかに連邦のスパイであるなら上官と相談の上捕虜として扱うことも出来るが、連邦軍との最終決戦が近づいているこの時期に、身元不明の男一人にいつまでも関わっている訳にはいかないのが現状なのだ。
「記憶喪失と言うからには身元引受人なども期待出来ないだろうし、いったいどうしたものか……」
 明らかに医師に向かって『暫くここで預かって欲しい』と言いたげな視線を送る軍服の男に、だが医師の方も首を横に振った。
「戦闘が続いていて医師の数は不足しているのです。ここの入院患者数も飽和状態に近い。記憶がないだけの健康な人間を預かる余裕などありません」
 アムロの処遇について、お互い責任を相手に押しつけようとしていた所に、当のアムロが声を掛けた。
「宇宙空間で僕を拾ってくださった方に会わせて貰えませんか?」
 二人が自分の身柄を押しつけあっているらしいと察したアムロの判断は迅速だった。このままサイド3に閉じこめられる訳にはいかないのだから、少しでも宇宙(そら)に出られる可能性を探さなければならない。そして、有り難い事にこのアムロの提案に二人は飛びついた。自分が責任を負いたくないのなら、拾ってきた奴に責任を押しつければ良い―――そう考えたのだ。幸いな事に、この男を拾ってきた人物はザビ家長男のお気に入りらしいという噂だ。宇宙で拾った正体不明の捕虜の一人や二人、どうとでも処理してくれるだろう。
「待っていろ。すぐ大尉に連絡をつける」
 そうと決まれば行動は迅速で、軍服の男は直接その人物を呼びに行くつもりなのか部屋を出ていった。それ程待たされることなく医務室に現れた第三の男は、先に来た軍人より少し上ぐらいの年齢だろうか。蓄えた髭がよく似合う理知的で落ち着いた風貌に、軍人らしからぬ穏やかな表情―――先程の男よりも、明らかに階級が上らしい軍服だったが、言葉遣いはずっと丁寧だった。
「事情は聞きました。私が拾ってきた人物は記憶喪失だとか?」
 医師に向かって穏やかな口調で問い掛ける。
「そうなのです。彼は『どうしてここにいるのか』という質問に答えられないどころか、ここがどこなのかも、自分が誰なのかすら、答えられないのです」
「その彼が記憶喪失のフリをしている可能性は?」
「それは無いとは言えませんが、少なくとも彼は連邦のスパイではないと思います」
「どうして、そう思われるのでしょう?」
 問われて医師は少し考え、再び口を開く。
「根拠はありません。お笑いになるかもしれませんが、そう感じたのです」
「医師の勘……というやつですか?」
 からかわれたと思ったのか、少しばかり頬を紅潮させてムッとしながらも、更に話しを続ける。
「そこのベッドで目を覚ました時の彼の戸惑った表情やジオンの制服を見た時の驚いた表情、ここは何処かと聞いた時の困惑した表情。どれを取っても演技とは思えませんでした。彼がスパイなら、少なくとも自分が潜入する先がどこかぐらいは知っている筈ですから」
 それまで医師と会話をしていた男は、ここで初めてアムロに視線を向けた。医師の観察眼と自分の勘を信じた男は小さく頷く。
「なるほど。彼はスパイではない……私もそう思います」
 男は木星にいた頃から勘の良さには自信があった。つい先程ギレンにもそれを指摘され『君はニュータイプだ』などと自分にはとても信じられない話しを聞かされたばかりだ。
「シャリア・ブルだ」
 名乗られて反射的に自分の名前を口に仕掛けたアムロは、慌ててそれを飲み込む。
「分かっている。君は自分の名前も思い出せないのだろうが、名無しでは不便だな」
 どう言ったものかと戸惑うアムロに助け船を出したのもシャリア・ブルと名乗った男で、そのシャリア・ブルはアムロの事をどう呼べばいいか考えている様子だったが、結局決められなかったのか
「君はどう呼んで欲しい?」
と逆に問い掛けてきた。これにはアムロも悩んだが、ふと視線をやった先、アムロの診断書らしき物にサインをしている医師のペン先を見て、ゆっくりと口を開いた。
「ではアムロと呼んで下さい」
 シャリア・ブルもこの意見にすぐ納得をする。
「なるほど。それも良いかもしれないな」
「そんな安易な決め方で良いのですか?」
 苦笑したのは医師の方で、彼のファミリーネームは『アムロ』だったのだ。
 この一件で場が少しばかり和む。
「それで、彼―――アムロ君は貴方の手元で治療を続けて頂けるのでしょうか?」
 改めてシャリア・ブルが問い掛けると、医師は難しい表情で肩を竦めた。
「あいにく記憶喪失というやつはやっかいでして、病院で治療を続けたら記憶が戻るというものではありません。むしろ彼を発見した場所に連れて行ったり、その時の状況を話してやったりする方が記憶を刺激する事もあります」
 暗に『出来ればそちらで引き取って欲しい』と言いたげな相手に「なるほど」と頷いたシャリア・ブルは改めてアムロに問い掛ける。
「私と一緒に来るか?」
 アムロとしては願ってもない展開だ。
「お邪魔でなければ」
「私はこれから戦場に向かわなければならないが、それでも?」
 この台詞でアムロはシャリア・ブルに好感を持った。
「よろしくお願いします」
 アムロが頭を下げたところで話しが決まり、厄介払いに成功した医師は上機嫌で診断書を書き上げる。
「一通り検査しましたが、特に外傷などは見当たりませんでしたので、今すぐ彼を連れて行って下さってかまいませんよ」
 そんな台詞に追い立てられるようにベッドから立ち上がったアムロは、シャリア・ブルの後について医務室を後にした。

■サンプル(0083)

 一年戦争が終結したのは宇宙世紀0080の年明け。
 それから三年、宇宙世紀0083の年明けはこれといった事件もなく穏やかに始まった。

 三年前の年明けを戦場で迎えたホワイトベースのクルーの大半は、一年戦争が終わって間もなく軍を去り新しい人生を歩み出したが、アムロは軍を辞める事を許されなかった。
『勿論、君には軍を辞める権利がある。しかし、君まで軍を辞めるとなると、連邦軍の最高機密(ホワイトベースやガンダムの情報)を知っている者全員の処遇を考え直さなければならなくなるな』
 当時まだ十六歳だったアムロでもその言葉の指し示す意味は解った。そして、まだ十六歳で、頼れる者もなく唯一相談出来そうな相手と言えばホワイトベースの仲間ぐらいしか居なかったアムロにとって、その言葉は『脅迫』として最高の効力があったのだ。
 三年が経った今、情況は変わっている。あの頃の脅し文句も既に随分効力を失っていて、今ならば無理をすれば軍を辞める事も逃げ出す事も不可能ではないかもしれない。現に、当時『アムロが軍を辞められなかった理由』を知っている仲間達が、密かに脱走の手引きをしようと申し出てくれる事もある。
 しかし、運命を受け入れたと言えば聞こえは良いが、重力の鎖を振り切る気力を無くし宇宙(そら)へ戻る事を諦めるのに、三年は充分すぎる長さだった。二十歳を前に既に人生さえ諦めかけていたアムロの日々は、軍から与えられた閑職をこなすことと、軍の監視下で羽目を外しすぎない程度に遊ぶことぐらい。酒の味もとっくに覚えた。
 意外とアルコールに耐性のある体質のようで、何もかも忘れて自分を失うほど酔おうと思ったら浴びる程飲まなければならない。年齢に不相応な地位を与えられているため経済的には何ら問題はないが、一人で飲む酒が美味しい筈もなく、アルコールの力を借りて現実逃避する事にも厭きた。それでも、時折無性に酒を飲んで何も考えず眠ってしまいたくなる。
 その日もそんな気分の日だった。


「アムロ・レイともあろう者が、酒を飲んでふて寝とはな」
 掛けられた声音の冷たさと、辺りの気温が二、三度下がったのではないかと思われる気配にアムロの意識は急速に覚醒した。酒を飲みながらいつの間にか眠ってしまったリビングのソファの脇に立ち、一人の男が自分を見下ろしている。薄明かりの逆光になって顔は見えなかったが、声には聞き覚えがあった。何より、その気配は間違えようがない。
「―――――シャ…ア………?」
 気配は間違えようがないが、こんな場所に居るはずのない相手に向かって、アムロは恐ろしく無防備に呼び掛けた。夢でも見ているのではないだろうかと言いたげに。
「あの時『同志になれ』と言った私の誘いを拒否したのは、こんな生き方をするためだったのか?」
 アムロの戸惑いを余所に、シャアの言葉は攻撃的だった。そして、アムロにとっては一番触れられたくない部分でもある。例え夢だったとしても、今の自分をシャアに批判されるのは何よりの屈辱だった。
「こんな……生活―――したくてしているワケじゃない」
 独り言に近いアムロの呟きは、しっかりシャアの耳に届いたようだ。
「ならば抜け出せ。君にはその力がある筈だ」
 シャアの言葉にアムロの背が強ばる。そんな力など無いと泣けばいいのか、その力のためにこの有様だと笑えばいいのか、アムロには分からなかった。
「簡単に言ってくれる」
 結局、口から出たのは気力の欠片も感じられないそんな台詞。
「簡単だとも。現に私は監視の目をかいくぐってここに居る。勿論、抜け出すルートも確保してある」
 暗に『今度こそ一緒に来い』と誘うシャアの言葉は、今のアムロにとって重すぎた。
「なら、さっさと出て行けよ。お前の顔なんか見たくないんだ」
 自分は一緒になんか行かない―――行けない。軍からの脅迫と地球の重力―――二重の鎖に縛られたアムロは、ソファから立ち上がる事もなく、全てを拒否するかのようにくるりとシャアに背を向ける。アムロの『拒否』をシャアも感じ取ったのだろう。鋭角的に眉を跳ね上げ、その背を睨み付けた。
「私は認めないぞ、アムロ。私が唯一ライバルと認めた男のこんな生き方は―――」
 アムロの腕を掴み無理遣り方向を転換させたのは、視線を合わせてもう一度話しをしたかっただけ。そもそもシャアがここを訪れたのも、純粋にアムロを宇宙(そら)へ上げることが目的だった。
 しかし、腕を取られた途端ビクリと身体を竦め、そのくせこちらを向いた視線は相手を射殺さんばかりの鋭さでこちらを睨み付ける。そんなアムロの怯えとプライドの高さが窺える勝ち気さの両方を湛えたその瞳に見据えられた瞬間、シャアの背中にゾクリと快感が走った。怯える子供のようなアムロを優しく慰めてやりたいという想いと、その勝ち気なプライドを粉々に砕いて相手を自分の前に跪かせてやりたいという凶暴な支配欲―――相反するその感情を有り体に一言で表現するなら、シャアはこの時初めてアムロに欲情したのだ。男、しかもよりによってあのアムロ=レイにそんな感情を抱いた自分に苦笑したものの、シャアは思慮や遠慮などという言葉はさっさと遠くの棚に放り上げた。男を抱いた経験はないが、迷うことなくアムロの身体にのし掛かる。戸惑うアムロを余所にその項に唇を寄せ、きつく吸い上げながらボタンを引き千切らんばかりの勢いでシャツをはだけさせると、さすがに驚いた様子でアムロが抵抗を始めた。

No.13 : Posted at 2018年08月19日 17時34分04秒 - Parmalink - (Edit)